第18話 アカデミー入学式
◇◇
古来の伝承では、魔王を倒したのは『勇者』とされている。
その後も魔王が出現するたびに、勇者もまた現れて、幾多の激闘の末に魔王を討伐していたらしい。
そして初代の勇者を輩出したのは、ここアスター帝国なのだそうだ。
それが真実かどうかは誰も知らない。それでも帝国のアカデミー創立の由来は、次の勇者を輩出するためにあった。
しかし今では貴族の子息や令嬢を帝国軍のエリート将校に出世させるためのレールにすぎないのは、先に説明した通りだ。
「よく学び、よく鍛えよ。そしていつしか諸君らの中から新たな勇者が現れんことを願う!」
毎年同じ内容なんだろうなぁ、と思わせる『形式ばった訓示』を学長のおじいさんが高らかに告げた。
だが集まった新入生のほとんどが聞いちゃいない。
「ねえねえ、この後どうする? 街角にあるおしゃれなカフェ見つけたの。そこへいかない?」
「いくいく! あの子も誘ってみようよ」
「いいね!」
入学式の後の予定と友達作りに夢中な女子たち。
「なあなあ、あの子、かわいくね?」
「まじかぁ。俺はあの子かなぁ」
「おまっ! おっぱいだけで選んでんだろ?」
「ちげーって。そういうおまえこそロリが趣味か?」
女子たちの品定めに夢中な男子たち。
……ったく、入学早々ろくなやつしかいねえじゃんか。こんなやつらが後の帝国軍のエリート将校になるっていうんだから、軍が弱体化していくのもよく分かる。
といっても、一人や二人くらいは真面目ちゃんもいるわけで。
「感動したわ! 私が必ず勇者になって魔王をぶちのめしてやるんだから!」
ふんすと鼻息を荒くして拳を握りしめるミリアは、やっぱりそっち側の人間だよな。
あともう一人……誰ともつるまずに無表情のままじっと学長を見ていたのは皇帝の長男、ラインハルトだった。
「何考えてるか、さっぱり分からんが、少なくとも周囲のアホどもとは違うようだな」
◇◇
入学式が終わった後、俺たちは自分のクラスの教室に移された。
新入生は約60人。それを20人ずつのクラスに分けられる。入学前に試験はなく、クラス分けも建前上はランダムなんだそうだが、実情は全く違う。
上級貴族、中級・下級貴族、平民の3つに分けられるのだ。簡単に言えば、上流階級のご子息・ご令嬢に平民ごときが近づくなど滅相もない、というわけである。
では俺はどのクラスになったかって? それは……。
「なんでおまえのような下賤のゴミクズが、僕と同じクラスなんだ?」
シモンが嫌味を込めて説明してくれた通り、俺は上級貴族のクラスに入った。
もちろん俺の指示である。
なぜならこの上級貴族のクラス出身者だけが、最終的には帝国軍の幹部クラスに抜擢されるからだ。裏を返せば、その他のクラスを卒業しても、せいぜい地方都市の守備兵長止まり。出世は見込めないのである。
「知るか。そもそもクラスはランダムで決まるんだろ? だったらお前と俺が同じクラスになるのは3分の1ってことになる。疑問に持つほどのことでもないだろ」
俺がさらりと言い返すと、シモンの丸々とした顔が真っ赤になった。
「おまえぇぇぇ! 生意気にも程がある!」
怒りを爆発させたシモンが俺の胸ぐらをつかんだ。10人もいる彼の取り巻きたちも俺に詰め寄る。全員このクラスではないのは、制服の胸につけたバッジの色で分かる。
さて、どうしたものか、と頭を悩ませた瞬間だった。
「ちょっとシモン! 入学早々なにやってんのよ!!」
聞き覚えのある甲高い声が耳をつんざく。その声の持ち主の方に目をやると、赤毛の少女が腰に手を当てて仁王立ちして、シモンを睨みつけていた。
「げっ! 暴力女!」
「誰が暴力女よ! 私にはミリア・ムーアという立派な名前があるって言ってるでしょ! とにかく今すぐその手を離しなさい。じゃないと痛い目を見るわよ」
「嫌だね。なんでこの僕が暴力女の言うことなんか聞かなきゃいけないんだよ。父親がちょっと活躍したからっていい気になるなよ」
「んなっ! もう怒った!」
ミリアがシモンの肩を軽くはたくと、シモンは「いてっ!」と顔をしかめた。
「このくらいでおおげさなのよ」
「こ、このぉぉぉ。やりやがったなぁ」
シモンが涙目で恨めしそうにミリアを睨んでいる。
本当に痛かったんだろうな。そう思うとおかしくて、思わず「ぷっ」と笑いが漏れた。
「お、おまえ! 下民の分際で超上級貴族の僕を笑ったなぁぁ!! もう許さない! 近いうちに貴様をここから追い出してやる! 自分から『お願いだからアカデミーを退学させてください』って土下座させてやるからな! 覚えてろよ!!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
覚えてろよ、ってセリフ。ここ数日で何回耳にしたのだろう……。まったく覚えてないな。
さてさて、シモンはどんなことを仕掛けてくるのやら。
もしや決闘でも申し込んできたりして。んなわけないか。
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