第17話 ミリア・ムーア(後編)

「おいおい、それは本当に斬れる剣だぞ。俺を殺す気か?」

「安心しなさい。死なない程度に加減してあげるから」

「はあ……。まあいい。なら一つだけ条件を出すぞ」

「なによ?」


 俺はニヤッと口角を上げて告げた。


「俺を殺す気でかかってこい」

「んなっ!? 言ったわね! 後悔したって遅いんだから!!」


 正面から飛び込んできたかと思うと、少し手前で横にステップして俺の視界から消えた。

 なるほど。確かに疾風と言われるだけあって速いな。

 だが、まだ訓練前の少女の域は超えていない。全盛期の彼女はこんなもんじゃなかった。


「えええええい!!」


 斬りかかってきた彼女を小さなステップでかわす。


「なっ!?」

「どうした? これで終わりか?」

「ぐぬぬっ……。まだまだぁぁ!! 風の妖精よ。われに加護を! エルメス・フット」


 加速のバフ魔法か。

 自分の長所である素早さを増強させるとは、良い判断だ。


「だが、それでも足りん」


 めった刺しにしてくるミリアの剣をすんでのところで、ことごとくかわす。

 しばらくすると明らかに彼女の動きが鈍ってきた。


「ぜえぜえ……」

「速さも、強さも、そして体力も足りん。話にならないぞ」

「あんた……何者……?」

「おまえと同級生だ。よろしくな」

「バカにしないで……私は……諦めない……」


 最後の力を振り絞って切り込んできたミリア。


「ではちょっとだけ見せてやるよ。俺の力ってやつを」

「やあああああ!!」


 ミリアの渾身の一撃。

 それを俺は2本の指であっさり白刃取りした。


「んなっ!?」

「ふんっ」


 俺がその2本の指に力を入れてひねると、剣を持ったままのミリアが宙を回転しはじめた。


「おい、そこは剣を離さなきゃだめだろ」

「きゃっ!」


 こうなっては仕方ない。床に頭でも打たれたら、それこそややこしいことになる。

 俺は素早く動いてミリアの体を両腕で受け止めた。

 とっさのことだったから顔と顔がくっつきそうなくらいに近づく。

 大きな瞳に長いまつげ。透き通るほどに白い肌。それに華奢な割にはボリュームのある胸。


「黙ってさえいれば、絶世の美少女ってことで噂になってもおかしくないのにな。もったいない」


 自分に何が起こったのか分からずに、しばらく目をぱちくりさせて俺をじっと見つめているミリアに、俺は小首を傾げて告げた。


「そろそろどいてくれないか。いかにおまえの体が軽いとはいえ、この態勢は意外ときついんだ」

「んなっ!?」


 顔を真っ赤にしたミリアはようやく我に返ったようだ。

 ぱっと俺から離れて背を向けた。


「こ、この屈辱の借りは絶対に返すんだから! お、おぼえてなさい!」

「ああ、だが今日聞いたことは絶対に他人に漏らすんじゃないぞ」

「わ、分かってるわよ! まだ全部信じたわけじゃないし!! そ、それにあんたも絶対に言っちゃダメよ」

「なにをだ?」

「私を抱きしめたことよ!!」

「はああああ!?」


 俺に反論と質問の余地を残さずに彼女は風のように去っていった。


「ふーん、あなたはああいうのが趣味なんだ?」


 カノーユがニタニタしながら俺の顔を覗き込んできた。


「バカを言うな。喧嘩を売られたから買っただけだっつーの」

「そうよね。あの娘はやめておいた方が身のためよ」

「はあ? 最初からその気はないが、なんだその言い草は」


 カノーユの顔つきが冷たいものに変わり、俺の背筋がゾクッとした。


「あなたの身を破滅させる側の人間ってことよ。あそこに立ってる女の子と同じでね」

「なに?」


 カノーユの指さす方向に目を移すと、そこにはトキヤが眩しい笑顔で手を振っていた。


「アルス兄さん! スカウトしてきましたよ! 料理のできる使用人!」


 そうしてトキヤの背からそっと出てきたのは、見覚えのあるハーフエルフの少女――。


「おまえは……」

「ルナです。お久しぶりです、新たなご主人さま」


 ペコリと頭を下げたルナ。言葉こそ丁寧だったがその目つきは俺を睨みつけるように鋭かった。


「どういうことだ……?」


 俺が問いかけた頃にはカノーユの姿はもうそこにはなかった。

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