第16話 ミリア・ムーア(前編)

◇◇


 ミリア・ムーア。回帰前は『疾風のワルキューレ』と呼ばれた天才騎士。

 白馬にまたがり、赤毛のポニーテールを揺らしながら、愛槍とともに縦横無尽に戦場を駆け巡る姿は戦の女神ことワルキューレを彷彿とさせるものだった。

 俺もまだ一般兵だったころに一度だけ戦場で見かけたが、あどけなさの残る可愛らしい顔とは裏腹に、鬼神のごとく敵を討ち払う姿に圧倒されたのを覚えている。

 マテウス将軍の娘という出自の良さもあり、最年少で将軍に昇格することは間違いなし、と誰しもが思っていたのだが……不運にも狭い渓谷を行軍中に落石にあって命を落としてしまう。

 娘の死を知ったマテウス将軍は一線を退き、それにともない西の戦線はドラゴン族の猛攻にあって後退せざるを得なくなった。

 まあ、その戦線を押し戻したのが、天才将軍と呼ばれた俺が率いたアジュール・イーグルの軍団だったんだけどな。


 もちろんそんな未来の話を知る由もなく、後の『疾風のワルキューレ』が今、ぷくっと頬を膨らませて、俺の前に仁王立ちしているわけだが……。


「んで、マテウス卿のお嬢様が俺に何の用だ?」


 玄関の間までやってきた俺はミリアに問いかけた。

 なおマルースは召喚の魔法陣でここから去っている。マテウスは当然俺の援護をしてくれるものだと思っていたのだが、


 ――ああなってしまうと私も妻も手を出せないんですよ。あとは頼みます!


 と言って、同じく魔法陣から姿を消してしまったのだ。

 あのおっさんめ……。いつか覚えてろよ!


「言わなくても分かってるでしょ!? どういうことか説明して!」

「どういうこととは何だ?」

「はぁ!? あんた本気で言ってるの!? どうしてあんたがロイヤルクラスの寮なのかって聞いてるのよ!」

「それはおまえの父上が皇帝に直訴してだな……」

「だからなんでパ……お父さまがあんたなんかをアカデミー入学だけじゃなくてロイヤルクラスの寮に入ることを推薦したのかってことよ! パ……お父さまをあんたが脅したんでしょ! 何か弱みでも掴んで!」


 思わずぴくりと頬が引きつった。

 なんて勘のいいやつなんだ?


「ふふ。困ったことになったわね。果たして天才くんはここをどう乗り切るのかしら?」


 いつの間に現れたカノーユがいたっずらっぽい笑顔で俺を茶化す。


「ふん。こんな小娘ひとりどうにかできずして次期魔王が務まるかっての」


 俺がぼそりとつぶやくと、ミリアが眉間にしわを寄せた。


「は? なんか言った? 男の子だったらもっと大きな声ではっきりものを言ったらどうなの!?」


 俺はふぅと大きなため息をついた後、きりっと表情を引き締めてミリアに向き合った。


「な、なによ?」


 なぜか顔を赤らめた彼女に対し、はっきりした口調で言った。


「おまえの父上、マテウス卿の命を助けたのは俺なんだ」

「はあぁぁ!?」


 ちなみにウソではない。

 ただし彼の命を奪おうとしていたのも俺だったがな。


「膝を割られて動けないところを俺が助けたんだ」

「いやいや、あんたは教会育ちの貧民って聞いたわよ。そんなことできるわけないでしょ!?」

「だったらマテウス卿に聞いてみるんだな。ちなみにエンシェントドラゴンのボス、マルースを撃退したのも俺だ。だが俺がマテウス卿を口止めしたんだ。ぽっと出の俺が卿の命を助け、ドラゴンのボスを倒したと言ったって誰も信じちゃくれないからな。だからすべてマテウス卿の手柄ってことにしたんだよ。その礼がこの寮だった、というわけだ」


 ウソは言ってない。色々と省略してはいるが。


「ふふ。そんな話、いくらおむつが少し足りなそうなあの娘だって信じないわよ」


 カノーユがあきれたようにため息をつく。俺だってそんなことは分かってる。

 そしてその後の展開もな。


「バカ言わないで! いいわ、だったら試してあげる。あなたが本当にパパを助けるほどに実力があるのかって!」


 ミリアが腰に差していた細い剣を抜いた。

 やっぱり戦いは避けられなさそうだ。俺は自分の交渉力のなさに辟易した。

 こうなったら仕方ないな。ちょっとだけ格の違いを見せつけてやるか――。


かけた頃にはカノーユの姿はもうそこにはなかった。

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