第14話 次なるターゲット(後編)

 ――アルス・ジェイド。将軍職をはく奪し、単騎でミゲル渓谷への侵攻を命ずる。


 忘れもしない。アンドレ・バイヨは俺に土下座させ、無慈悲な出撃を命じた張本人。

 回帰前は軍に所属しながら、政治や財務に関する絶大な権限を持っていた。あの頃より10年以上も時間はさかのぼっているが、恐らく大きな権限を持っていることに変わりないはず。なぜならば彼は今から20年以上前に前妻を家から追い出し、ハインツ皇帝の妹を新たな妻として迎えているからだ。

 つまりアンドレと皇帝の妹の間に生まれた息子のシモンは『王族』といっても過言ではない。

 回帰前のシモンは父であるアンドレは当然のこと、皇帝からも庇護を受けている身ということもあって、やりたい放題だったな。横領はもちろんのこと、少しでも低い身分の貴族出身者を脅して金を貢がせていた。無論それを断れば厳しい戦線送りにされるのは目に見えているから誰も断れない。あらゆる戦闘をくぐり抜け、失うものが何一つなかった俺を除いてはな……。

 ある時、シモンに呼び出されてこう告げられた。


 ――おまえの新人の部下……ナキだったか。

 ――ナキ・ルグランがいかがしたのですか?

 ――彼女、なかなか可愛い女ではないか。今夜、俺の部屋に来るように命じよ。

 ――は? 何のためでしょう?

 ――言わずとも分かっているだろ? 彼女の出自は下級貴族。多少傷がついても誰も何も言うまい。


 この時、俺はシモンの右頬を思いっきり殴りつけた。

 内政官で体を鍛えることを怠っていたシモンは一発で気絶してしまい、頬骨が砕けたらしい。

 貧民出身の俺に一撃でぶちのめされたと知られれば一族の恥。その一件は伏せられ、俺におとがめはなかった。だが例の『死刑宣告』を受けるきっかけになったのは考えるまでもあるまい。

 アンドレ・バイヨとシモン・バイヨ。この親子だけは徹底的に潰してやらねば気が済まない。

 そこでまずはシモンが入るはずの寮から追放してやろうと考えたのだ。


「すでにその寮にはアンドレ殿のご子息、シモンが入る予定と聞いている。そんな状況でアルス様がロイヤルクラスの寮に入ることは、アンドレ殿が許すはずがありません。どのようにしたら……」


 真剣に悩むマテウスを見ているうちに、いたたまれなくなってきた。

 これ以上彼を困らせても意味はなさそうだ。


「忘れたのか? 凱旋時に皇帝から約束されたことを」

「陛下から……まさか! しかしそれは……!」


 ——マテウス将軍よ。こたびの功績をたたえ、何でも一つ願いをかなえてやろう。


 これが皇帝から約束されたことだ。

 普通に考えれば王族の次に階級の高い『侯爵』の位をもらうか、帝国軍の中でも2人しかいない『大将軍』の役職を得るかのいずれかだろう。

 まさか誰も教会出身の少年にアカデミー入学の許可を出し、ロイヤルクラスの寮を与えるなどと思いつかないはずだ。


「なんだ? 文句があるのか?」

「い、いえ、滅相もない! 分かりました! 言いつけの通りにします」


 後日、マテウスの願いを聞いた皇帝は目を点にしたらしいが、マテウスが「アルスも西の戦線攻略の立役者の一人です。その功を報いるのも私の責務と考えております」と答えてやり過ごしたらしい。なかなかに機転だけはきくやつだ。


 こうして俺はロイヤルクラスの寮を手に入れた。

 もちろん次に起こることも予想通りだった。


「おい、ゴミクズの下民。この僕にロイヤルクラスの寮を返すんだ」


 馬車から降りるなり俺を待ち受けていたのは、金髪、色白でぽっちゃり体型の、いかにも『お坊ちゃん』といった風貌の少年。彼こそがシモンだ。そして彼の周囲には屈強な男たちがずらりと控えていたのだった。

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