アカデミー入学
第13話 次なるターゲット(前編)
◇◇
「アルス兄さん! ちょっと待ってくださいよぉぉ!」
教会の玄関で情けない声の持ち主の方へ振り返ると、荷物をいっぱいつめた大きなリュックを背負うトキヤの姿が目に飛び込んできた。
「なんでそんなに荷物があるんだよ?」
俺は自分の小さなリュックをトキヤに見せる。
「だって、シャツとパンツ、夏用のパジャマに、冬用のパジャマ、それに外套、本、ノート、ペン……」
「もう分かったから。もたもたしていると置いていくぞ」
「そ、それだけは勘弁してくださいよぉ!」
これから俺たちは教会を出て、アカデミーの寮に引っ越すことになったのだ。アカデミーまでは馬車に揺られて1時間ほど先にあるので、馬車に乗り遅れて、重い荷物を抱えて徒歩で行くとなれば3日以上かかる。トキヤが泣きつくのも当然だろう。
俺たちは荷物を荷台に乗せた後、教会の神父さんに別れの挨拶をした。
「これまでお世話になりました。このご恩は一生忘れません」
俺が深々と頭を下げると、隣に立ったトキヤも同じようにした。
「ああ、気をつけるんだよ。なにせアカデミーは貴族階級のご令息やご令嬢ばかりだから……」
神父様が心配そうに顔を曇らせた。
「俺は大丈夫ですよ! トキヤもついてますし」
「へっ? ぼ、僕ですか? ええ、まあ……アルス兄さんに何かあれば僕が何とかします!」
薄い胸を張るトキヤのことを、俺と神父様は目を細めて見つめる。
「ちょっと! なんですか? 僕だってやる時はやるんですからね!」
「ははっ。分かってるって。だからこうして俺の従者に選んだんじゃないか。では、神父様。お元気で」
こうして俺たちは物心ついた頃から過ごしてきた教会を出たのだった――。
◇◇
西の戦線を制したマテウス軍。生き残りは俺とマテウスを含めて、わずか5名だった。
当然マテウスを除く3名には「今日見たことは一切他言無用。誓いを破ろうとした瞬間に心臓が破裂し、口を開く前に死ぬことになる」という呪いをかけてある。
ちなみにマテウスにはその呪いに加えて、「俺の眷属になる」という契約を結んであるため、裏切り行為を働こうものなら、マテウス自身だけでなく家族全員が地獄の苦しみを味わったうえで死に至ることになっている。
話を戦線から帰った後のことに戻そう。
言うまでもないが、マテウスは英雄扱いされた。教会出身で新兵の俺に対しては「どうせどこかに隠れて見ていただけだろう。周囲がみんな死んだ中でよくもまあ平然と生き残れたものだ」と陰口を言う奴らばかりだった。
事情をすべて知っているだけあって、マテウスは居心地が悪かったらしい。凱旋パレードの最中であっても、口を固く結んだまま表情を変えなかった。しかしそのことすら「勝ってもおごらず。素晴らしいお人柄だ」と人々から羨望の的とされた。
俺は、というと、先に話した通りだったが、そんな些細なことはまったく気にならなかった。
むしろ上級貴族かつ帝国軍でも強い影響力を持つマテウスが無条件で後ろ盾になったことは、このうえない僥倖であった。
「来年、俺は17になる。そのあかつきにはアカデミーに入学したい」
「はい、アルス様。お安い御用で」
「それだけじゃない。ロイヤルクラスの寮を用意せよ」
「ロイヤルクラス……。しかしそれは……」
アカデミーは全寮制だ。生徒たちはあらかじめ割り当てられた部屋で4年間を過ごすことになるのだが、その部屋にはいくつか階級がある。
下級貴族や裕福な平民の出身の生徒は『一般寮』で、2人1部屋の相部屋だ。
中級貴族の生徒は『中級クラスの寮』で、1部屋の個室。
上級貴族の生徒は『上級クラスの寮』で、3部屋の個室。
そして王族や最上級の貴族の生徒だけが入寮できるのが『ロイヤルクラスの寮』で、なんと建物1棟がまるごとその生徒のために与えられる。
当然ながら寮費はけた違いに高額だ。だが問題はそこではない。寮の数である。すなわち『ロイヤルクラスの寮』はわずか1学年につき2棟しかないのだ。その年に皇帝や帝国軍幹部の親族が入学することになっていれば、空きが出なくて当然と言えよう。『ロイヤルクラスの寮』を得るために入学を1年遅らせる王族すらいるらしい。
「どうした? 帝国軍の英雄ともあろう者が、アカデミーの寮すらまともに用意できないのか?」
「い、いえ。そんなことは……」
「ならばただ一言『喜んで』とさえ言えばよい」
「は、はい……喜んで」
マテウスが困惑するのも無理はない。
なにせ来年のロイヤルクラスの寮の2棟は既に『先約済み』だからだ。
一人は皇帝ハインツ・アルメンの長男のラインハルト・アルメン。言わば次期皇帝である。
容姿端麗、戦績優秀、だがどんな相手も見下す態度だから誰からも慕われない孤高な人間。
回帰前の彼は俺のことなど「眼中になし」と言わんばかりに無視を決め込んでいたな。まあ、それはそれで俺にとっては害はなかった。だから彼を次期皇帝の座から引きずりおろしてやろうという考えは毛頭ない。互いに干渉しあわなければ、それでいいのだ。どうせ数年後には彼もろとも帝国自体が俺にぶっ潰されるのだから。
もう一人はシモン・バイヨ。帝国の宰相アンドレ・バイヨの息子だ。
彼らが次の俺のターゲットである。
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