第12話 最初の四天王(後編)
「なんだと? わしが貴様のような若造の眷属にだと!? ガハハハッ!!」
腹を抱えて大笑いしたマルースだったが、ニタニタと余裕の笑みを浮かべるアルスに一瞥くれると、次の瞬間に険しい顔つきに変わった。
「その生意気な顔を苦痛でゆがめてやろう!!」
巨体とは思えないほどの速さでアルスの膝に向けて蹴りを繰り出す。
だがアルスは顔色ひとつ変えずにひらりとかわし、短剣で突いた。
――カンッ!
乾いた音を立てて短剣が弾かれる。
「ガハハッ! そんなちんけな攻撃なんてきかんわ!」
マテウスが喜色満面で笑い飛ばした。
「はははは! ざまぁみろ! これでおまえも終わりだ!」
ところがアルスは落ち込むどころか、目を輝かせた。
「ははっ! いい! いいぞ!! ミスリルより頑強な身体! それでいい!」
「なに? おぬし頭がおかしくなったのか?」
マルースが苦笑い交じりに問いかけると、アルスは短剣を腰にしまいながら答えた。
「今の俺の全力を試すことができるからな」
アルスの全身を紫の炎が覆い、目が赤く光りだした。
その様子に気圧されて半歩だけ後ずさりをしたマルースだったが、すぐに気を取り直して、咆哮をあげた。
「もういい! その身を丸焦げにしてくれるわ!!」
マルースの口からすべてを焼き尽くす真っ赤な炎が吐き出される。アルスは一歩も動かず、その炎をまともにくらった。
「ガハハハッ!! 死ねぇぇ!!」
「はははは! 小僧のくせにいきがるから業火に焼かれ、苦しみながら死ぬことになったんだ!」
高笑いするマルースとマテウス。しかし煙の奥から姿を表したアルスを見てギョッとした。
なんと無傷だったのだ。
「なっ!? バカな!!」
マルースが唖然としている隙をついて、アルスはスッと懐に飛び込む。そして、右の拳をがら空きの腹に突き出した。
ガツンっと鈍い音がしたが、マルースにダメージを受けた様子はない。さらに氷の魔法をぶつけたが、それもあっさり弾かれた。
「ガハハハ!! いくら逃げ足が速くて、炎が効かなくとも、攻撃がへぼければわしには勝てん!」
「なるほどな。やっぱり今の俺では『外側』からは無理か」
「ガハハ! ようやく諦めたか!」
「勘違いするな。今俺が試したのは『外』。これから試すのは『内』から貴様の体を壊すことだ」
「なっ!?」
アルスは握っていた拳を開き、てのひらをマルースの腹に当てる。
「炎の邪神よ。爆ぜるその身を我が拳に宿せ。イフリート・フレア!」
――ズガンッ!
派手な爆発音とともに、マルースの丸々とした左わき腹の一部が吹き飛んだ。
「ガアアアア!!」
「くくっ。やはり外側は固くとも、内側はもろいな。それもう一発」
――ズガンッ!
今度は右わき腹の一部が吹き飛んだ。
「ギャアアアアア!!」
緑色の鮮血がマルースの金色のウロコを染める。
「お、おのれ……」
「俺に感謝せよ。余計なぜい肉を吹き飛ばしてやったんだからな」
レベルが違い過ぎる……。
マルースの生存本能が彼の闘争心を完全にかき消した。
残されたのは一刻も早くこの場を立ち去りたいという恐怖心。
それでも彼は強がった。
「おのれぇぇぇ!! この屈辱は決して忘れんからな!!」
翼を広げたマルースは天高く舞い上がった。
逃亡をはかるその様子にマテウスの顔色が青くなる。
「い、いかないでくれ! マルース様!」
悲痛な声をあげたマテウスに対し、アルスは空を見上げながらニタリと笑みを浮かべた。
「安心しろ。まだ俺には試していないことが2つある」
そう告げると同時に両手を天にかざす。
「怒りの雷神よ。猛き心を一撃のいかずちに変えて敵を討て。イシュクル・サンダー」
激しい雷鳴とともに、槍のような稲妻がマルースの翼を貫いた。
「グアアアア!!」
耳をつんざく悲鳴を上げながらマルースは地面に落下した。
その胸を足で踏みつけたアルスは抑揚のない口調で命じた。
「わが眷属になれ。それともそのちんけなプライドを捨てて仲間に助けを求めるか?」
「お、おのれ……。人間にこの命をくれてやるくらいなら……」
そう声を振り絞ったマルースはピィと口笛を吹いた。
しばらくして空がエンシェントドラゴンたちで埋め尽くされる。その数、100体以上……。
「ガハハハッ! 絶望しろ、人間よ! 己の愚かさを後悔せよ!」
「くくく……。これで全部か?」
「なんだと?」
「この大陸の西の果てにある『龍神のほこら』を守るドラゴンも集めたのか聞いているんだ」
「その通りだ! これで分かったか! 貴様にもう勝ち目はない!!」
「あははは!! ならば、壊されたらこの大陸にいるドラゴンどもが理性を失うという『龍神の玉』は無防備な状態にある、ということだな!?」
マルースはその問いの真意に気づき、目を丸くした。
「まさか……貴様……」
「くくく。いいことを教えてやろう。俺の眷属は俺が一度でも足を運んだことのある場所なら、たとえダンジョンや城の中であっても召喚できる。そして俺は『龍神のほこら』のすぐ手前まで行ったことがあるんだよ。遠い過去のことだがな」
「やめろ……。やめてくれ」
マルースが泣きながら懇願する。だがアルスはますます楽しそうに告げた。
「もう遅い。貴様が心臓を食らったテッドが率いる死霊の軍団たちが今ごろ『龍神のほこら』を攻略しているだろうよ。『龍神の玉』を壊すためにな」
「やめろぉぉぉぉ!!」
渾身の力を込めてマルースが手足を動かす。だがアルスに踏みつけられた巨体はびくともしなかった。
「ガアアアア!!」
「グアアアア!!」
マルースの必死の抵抗むなしく、空中で理性を失ったエンシェントドラゴンたちが互いを攻撃しあう。そして力尽きたドラゴンたちの亡骸が次から次へと空から降ってきた。
「血の雨ならぬドラゴンの雨か。絶景かな。絶景かな。あはははは!!」
「悪魔め……」
そうつぶやいたマテウスに、アルスは冷ややかな視線を浴びせた。
「マテウスよ。あろうことか敵の大将と結託し、自軍の未来ある新兵たちを生贄に捧げていた貴様が、俺のことを悪魔とほざくか?」
「くっ……」
「ドラゴンどもを駆逐し、敵の拠点を占拠した俺を悪魔呼ばわりする資格が貴様にはあるのか、と問うているのだ。どうなんだ? マテウス」
「ぐぬっ……それは……」
「将軍を名乗るのであれば、己の口ではっきり答えよ! 俺、アルス・ジェイドは悪魔と英雄のどちらだ!?」
マテウスはうつむきながら小声で答えた。
「……英雄」
「声が小さぁぁぁい!!」
「アルス様は英雄でございますっ!!」
アルスは気持ちよさそうに微笑んだ。
「良い返事だ。しかし残念ながら俺には出世欲というものがない。マテウスよ。西の戦線の大将は引き続き貴様が担うのだ」
「なっ……それでは私は生かせてもらえるのですか!?」
「ああ、しかも『龍神のほこら』を攻略した英雄の座も譲ってやろう」
「なんと!!」
目を丸くしたマテウスにアルスは低い声で命じた。
「マテウスよ。俺と契約を結べ。その命と魂、生きているうちも死んでからも俺に捧げるとな」
何の迷いもなくマテウスは嬉々として言った。
「この命、喜んでアルス様に捧げましょう! あはは! 俺は生き延びたぞ!! あはは!!」
膝を砕かれ立てないマテウスは転がりまわることで喜びを爆発させている。
そうこうしているうちに空には最後まで残ったエンシェントドラゴン2体が同士討ちをして、両方とも地面に落ちてきた。
「なかなか面白いショーだったぞ。さすがは最強のドラゴン軍団だ」
「き、きさま……このまま我らが龍王バハムート様が黙っていると思うなよ……」
「ああ、マルース。おまえの存在をすっかり忘れていたよ。これでもまだ俺の眷属になる気はない、ということでよいのだな?」
「貴様の剣がこの黄金の体を貫かぬ限り、わしの心が折れることはない」
「そうか。なら良かった。最後に試したいことがあるからな」
「……もう好きにせよ。覚悟はとうにできておる」
アルスが腰に差した短剣を抜き、天に高々と掲げる。
絶命したはずのエンシェントドラゴン100体とマテウスの兵100名が次々と立ち上がった。皆、目を赤く光らせている。
「我が眷属どもよ。刮目せよ! これが俺の真の力だ!」
高らかに告げたアルスはすべての魔力を短剣に込めた後、マルースの右肩に向けて全力で振り下ろした。
――ズブッ!!
ミスリルより硬いウロコを貫き、深々と剣が突き刺さる。
「グアアアア!!」
激痛と驚愕で顔を歪めるマルースに、アルスは叫んだ。
「思い起こせ、マルースよ! 闘神と崇められ、敵にも畏怖された己の真の姿を! 労せず敵を喰らい、肥えた巨体を揺らす今の貴様とはここで決別せよ! そして俺の四天王となり、俺の理想をかなえるために敵を討つのだ!!」
「き、貴様の理想とはなんだ……?」
「このクソったれで理不尽な世を、この俺の手で変えてやるということだ!」
アルスは剣を握る両手にぐっと力を込める。さらに深く剣が突き刺さった。
「グアアアアア!!」
「さあ、俺の力は示した! 今度は貴様の番だ! マルースよ、俺にその力を寄越せ、そして示すのだ!!」
完全に心を折られたマルースは、悔しさを噛み殺しながら小さくうなずいた。
「よい、よいぞ。あはははははは!!」
この日、アルスに新たな眷属としてエンシェントドラゴンとマテウスの兵、合わせて200体が加わった。これで彼の眷属はおよそ270体。
そして、初めての四天王に『闘神』マルースが名を連ねることとなったのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます