第10話 生意気な志願兵(後編)

◇◇


「君が志願兵のアルス君か! 歓迎するよ!」


 戦地のキャンプに赴くと将軍マテウスが自ら出迎えてくれた。既に俺以外にも『生贄』と思われる若い新兵が数人いるようだ。


「おいっ! 殿下が声をかけてくださっているのに、ぼーっとしてるやつがあるか!」


 聞き覚えのある声。

 そうだ……。テッドたちの寝込みを襲った時に後ろで号令をかけていたやつだ。


「ケーヒン。まあ、そう叱るな。何も知らぬ若者なのだ。ちょっとずつ色々なことを教えてやればよい。優しくな。ところでアルス君はテッド君の後輩だったようだね」

「ええ、テッドさんのかたき討ちにきました」

「そうか! では大いに頑張ってくれたまえ! ケーヒン、この若者はなかなかに有望だぞ。しっかりと面倒を見てやってくれよ」

「はっ! おいっ! おまえも頭を下げんか!」


 俺は無表情のまま、あたりを見回した。

 帝都に引き返すまでの安全なルートを探るためだ。


「おいっ! きさま! 言うことがきけんのか!!」


 ケーヒンとかいう30代半ばの上官が掴みかかってきたが、ひょいっとかわす。面倒をおこすのはまずいが、他人に頭を抑えつけられるのは、もっと嫌だからな。


「おい! 逃げるな!」

「ははは! 活きがいいのはいいことだ! ははは!」


 数日後には新たな勲章と大金が転がり込んでくるわけだから、マテウスの気が大きくなるのもうなずける。おかげでじっくりと周囲を観察することができて、夜中になれば誰にもさとられずにキャンプから脱出するルートも見つかった。


「もういい! 明日は早いから、あそこのテントで休め!」


 新兵は俺を除いて5人。全員同じテント、ということは彼らもまた『生贄』ということになる。


「はーい」

「なんだ!? その気の抜けた返事は!! もっと気合い入れろ!」

「へいへい」

「お、おまえっ!! そんなことでは殺されそうになったときに、やり返せないぞ!!」


 いきりたつケーヒンをしり目に、俺はテントの中に入った。既に5人とも揃っている。

 うむ、これは都合がいい。


「みなに良いことを教えてやろう」


 全員の視線が俺に集まったところで、はっきりと言い放った。


「今夜、おまえらはドラゴンに殺される。死にたくないやつは、俺の言う通りに逃げろ。言うことを聞かないやつは俺が殺す。さあ、どうする?」


 紫の炎を全身にまとわせ、目を赤く光らせる。

 その姿を目の当たりにして平然としていられるほど、新兵たちのメンタルは強くなかった――。


◇◇


 午前2時を回った頃。

 6人の新兵が属する第5隊の隊長ケーヒンはマテウス将軍のテントに呼ばれた。


「今夜だ。分かっているな」


 昼間の明るい声とは打って変わって低いドスの効いた声でマテウスが命じると、ケーヒンはニタリと笑みを浮かべた。


「分かってますって。しかしこれで何度目ですかねぇ? そろそろ私への報酬を上げてもいい頃合いではないでしょう?」


 マテウスの眉がピクリと動き、表情が厳しくなる。だがケーヒンは意に介せずに軽い調子で続けた。


「エンシェントドラゴンの角は一本あたり金貨一枚なのですよね? だったらその10%、つまり銀貨10枚で手を打ちましょう」

「貴様……正気か?」

「ええ、当然ですとも。もし殿下が断れば……くくっ。どういうことになるかは、殿下が一番よくご存知なのでは?」


 しばらく考え込んでいたマテウスだったが、観念したかのように深いため息をつくと、思いの外軽い口調で答えた。


「いいだろう。ただし一つ条件がある」

「なんでしょう?」

「18以下の志願兵を増やすのだ。ボスは若い心臓が好みだからな。今回の、ええっと……」

「アルスですかな?」

「そうそう。あのクソ生意気なガキのような」

「くくっ。容易い御用で。教会の無垢な少年たちを焚き付ければすぐに飛びつくでしょう」


 マテウスとケーヒンが互いに視線を交わしてニタリと笑い合ったところで、ケーヒンはその場を後にした。

 そして彼は外で待機していた数名の部下を引き連れて、新兵たちのテントに向かって歩き出した。


 そこが彼の死地になるとも知らずに……。

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