最初の四天王

第7話 クズな取引き(前編)

◇◇


「ふふ。もう50体以上の眷属を手にしたなんて、やっぱり私が見込んだ通りだわ」


 ここは教会の寝室。時刻は午前2時を回ったところ。

 あり得ないことに魔王の孫娘カノーユが俺のベッドに腰かけているではないか。

 回帰前と同じようにタイトな黒のドレス。組んだ足の白い太ももがドレスの切れ目から覗いている。さらに左耳の上あたりには紫の蝶を模した髪飾り。以前と異なるところをあげるとするならば、腰まであった髪の長さが肩あたりまでに短くなっていることくらいだ。いずれにしても『妖艶』という言葉がお似合いの容姿に違いはない。


(なんでこんなところにいるんだよ?)


 寝室は大部屋で他の連中たちも大勢寝ている。明らかにまずい状況だ。

 しかもこんな簡単に侵入できるなら、最初から俺なんかを仲間にせず、自分で帝国を滅ぼせばいいだろうに。

 カノーユはそんな俺の疑念を察したのか、ぐいっと顔を近づけて耳元でささやいた。


「平気よ。今の私は幻覚。だからこの姿はあなたにしか見えないし、声はあなたの耳にしか届かない」


 カノーユがふーっと耳に息を吹きかけてくる。もちろんこれも幻覚なので実際には何も感じないはずなのだが、


「ひっ!?」


 思わず甲高い声が出てしまった。すると隣のベッドで寝ていたトキヤの声が聞こえてきた。


「アルス兄さん……?」

「だ、大丈夫だ。なんでもない。だから安心して寝ろ」

「うん……」


 再びトキヤの寝息が聞こえてきたところで、カノーユと向き合った。人の苦労も知らず、彼女は楽しそうに笑っている。


「なんだよ? 単にからかいに来たわけじゃないだろ?」

「はははっ。ごめん、ごめん。じゃあ、本題に入るね」


 目じりの涙を拭いながら、カノーユは軍団の構成について教えてくれた。その概要はこうだ。


 魔王の眷属である魔物やモンスターにも階級があるらしい。

 一番の下っ端は『フィールドモンスター』といって、森や平原をうろつきながら、人間の動向をうかがう役目を負っている。

 次は『ダンジョンモンスター』。その名の通りに洞窟や塔などのダンジョン内を警備している。ダンジョンには重要なアイテムを隠していたり、重要拠点に続く道を守る要衝の役割があったりすることから、フィールドモンスターよりも強力な魔物を配備しているらしい。

 そのダンジョンの責任者が『中ボス』と言われるランク。ダンジョンの中でも最強であることは当然として、ダンジョン内のモンスターを束ねるだけあって、それなりに知性も必要とのこと。

 それら中ボスをまとめ、1つの大陸のモンスターたちを支配しているのが『五大魔将軍』。大陸はこの世界に5つあるから五大なのだそうだ。

 そして、魔王の側近として魔王城の警備や魔王軍の指揮を執るなど、魔物たちの実質的なリーダーとも言える存在が『四天王』と呼ばれる4体の魔物だそうだ。

 無論、彼らの頂点に君臨しているのが魔王ということになる。


「どの階級にどの眷属を配属するのかは、すべてあなたの思い通りよ。だけど気を付けて。『中ボス』以上の階級は知性と感情を持つことになる。つまりあなたの考えや命令に反した行動を取ることもできる」


「なるほど。反乱を起こすことも可能、ということだな」


「ええ。だからこそ信頼できる相手を選ぶ必要がある。とくに側近中の側近である『四天王』はね」


「わかった」


「それからもうひとり。魔王と永遠の愛を誓い合った『魔王妃』というポジションもあるのだけど――はたして誰が魔王妃になるのかしら。ふふ」


 白い頬をわずかに桃色に染めたカノーユが上目遣いで俺の顔を覗き込んでいる。

 小悪魔のような仕草に、不覚にも顔に熱を帯びてしまったのが悔しくてならない。

 そんな俺の様子を見て、再び彼女はケラケラと笑いだした。


「ったく……。もう用が済んだなら帰ってくれ。俺は眠いんだ」


 ひとしきり笑った後、カノーユは残念そうに肩をすくめた。


「あら? お楽しみはこれからなのに」

「お楽しみだと?」


 俺が首を傾げると、カノーユは口角を上げる。だがそれは先ほどまでの無邪気な笑みではなく、氷のように冷たい微笑で、背筋にぞわっと悪寒が走った。

 にわかに緊張した俺を横目に、カノーユがパチンと指を鳴らす。

 すると瞬時にして、周囲の景色が変わった。


「ここはどこだ?」

「西の前線にあるキャンプよ」

「西の前線……」


 ——もう配属先も決まってるんだぜ。西の前線だとよ。


 そうか! ここにはテッドがいる!


「お友達はあそこのテントの中ね」


 カノーユが指さしたこじんまりとしたテントの中に潜り込むと、そこには若い兵士が6人も重なるようにして雑魚寝している。テッドは端っこですやすやと寝息を立てていた。


「おい、カノーユ。まさかおまえ、俺にテッドの両足と心臓がドラゴンに食われるシーンを見せつけてやろうって魂胆じゃないだろうな? もしそうだとしたら趣味悪すぎだぞ」


「ふふ。半分正解。でも半分は間違いってところかしら」


「なに!?」


 それはどういう意味だ?

 そう問いかけようとした時、テントの出入り口の幕がサッと開けられた。だが外はまだ暗く、その程度では誰も起きない。しかし次の瞬間、テントの中は地獄絵図に陥ることになる――。


「やれ」


 低い男の声の号令とともに数名の兵士が剣を片手にずかずかとテントの中になだれ込んできた。


「悪く思うなよ」


 そうつぶやいた兵士があろうことか寝ている若い兵たちの両足首を無慈悲に切り飛ばし始めたのだ。


「なっ!!?」


 若い兵たちの泣き叫ぶ声が耳をつんざく。だが俺の意識は一点に注がれていた。

 言うまでもない。

 かけがえのない兄貴分、テッドだ。


「やめろぉぉぉぉ!!」


 ありったけの声で叫ぶ。だが今の俺はいわば透明人間のようなもの。当然、その声はここにいる誰にも届かない。


「ぎゃあああああ!!」


 他の者と同様にテッドもまた成すすべなく両足首を失った。


「運べ」


 再び響く低い声。血まみれの剣を握る兵と入れ替えに、ガタイの大きな兵たちがテントに入ってくると、歩けなくなった若い兵たちをひょいっと担いで外に運び出していく。


「いったいどこへ連れていくんだ?」


 歯ぎしりをしながら誰あてともなく問いかけた俺に、カノーユが抑揚のない声で答えた。


「もう分かっているくせに」

「まさか……」


 いや、本当にその『まさか』だった。

 両足首を失い、どこにも逃げることができなくなった10代の若い兵たち。

 彼らが投げ捨てられたのは西の平原のど真ん中。

 そこに現れたのは1体の巨大なドラゴン――。


「エンシェントドラゴンの大将、『闘神』のマルースか!」


 金色のウロコに覆われたその巨体。しかし『闘神』と恐れられている割には、しまりのない肥えた腹をしている。そのマルースが低いだみ声をあげた。


「約束通り6匹だな。ご苦労だった。ほれ、これが約束のブツだ」


 ドラゴンは自分のひたいの角を根元からボキっと折ると、少し離れたところに投げた。

 するとそこにぬっと黒い影が伸びてきた。

 そして月明かりがその影の正体……それは紛れもなくマテウス将軍その人だった。


「ありがとう。これでまた俺の勲章が増えるというものだ。くくく……ははははっ!!」

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