第6話 最初の眷属(後編)
◇◇
マフィア集団『デビルズ』にとって、帝国はまさに居心地の良い天国だった。
略奪、強姦、殺人……自分たちの欲望を満たすためだけに悪事を働いても、すべて許された。
さすがに貴族の階級にはそうそうに手が出せなかったが、ボスの息子であるアダムスが伯爵の公子をボコボコにして家宝の短剣を盗んだ事件でさえ、秘密裏にもみ消すことができた。
デビルズの一員である証の右腕にあるドクロのタトゥーを見れば、誰もが道を開け、目を合わせまいと顔を伏せた。
ましてやデビルズのボス、ガドゥーとなれば、貴族ですら畏怖し、ひざまずく存在だったのである。
そんな彼が……。
「た、助けてくれ! 俺のものは何でも差し上げるから!」
子供のように泣きながら一人の少年の前に土下座で懇願していた。
それもそのはず。彼の周囲には泣く子も黙る強者のデビルズの構成員たちが、死体となって転がっているのだから。その数、50人はくだらない。
地獄の光景を作り出したのは、ガドゥーの目の前に立つ無表情の少年を含め、たった4人だった。いや、正確には1人と3体の悪魔となるだろう。
「なんでも、と言ったな?」
少年はニヤリと口角を上げ、ガドゥーと視線を合わせるようにかがんだ。
「あ、ああ! だから見逃してくれ! 息子の復讐しようなんて俺の考えが甘かったんだ。頼む!」
つい3日前のこと。アダムスが姿を消した、という噂はまたたく間に街中に広がった。ガドゥーは血眼になって息子を探し始めたがいっこうに行方知れずのまま。そんな中だ。教会で奉公している少年がアダムスが姿を消す直前まで一緒にいたという噂が耳に飛び込んできたのである。
そして、その少年をひと目のつかない森の奥に呼び出して問いただした。すると少年は怖がる素振りどころか、余裕すら感じさせる表情のまま、さらりと白状した。
――あんなクズ野郎、この世にいない方がマシだろう。だから俺が始末してやったのさ。
さらに彼は驚くべきことを口にしたのである。
――しかし侯爵ですらビビるデビルズの親分もたいしたことないな。俺が流した噂に飛びつくなんて。
その言葉にブチ切れたガドゥーはデビルズの構成員たちに少年をなぶり殺しにすることを命じた。
だが結果は先の通りだったのである。
(こいつは魔物に違いねえ。ここから逃げ出して帝国軍にこの情報を売れば、俺は街を救った英雄になれる!)
内心でそうほくそ笑むガドゥーに対し、少年はあっさりと告げた。
「いいだろう。ならばお前の部下たちを全員いただく」
(こいつはバカか? 俺の部下はみんなてめえに殺されたばかりじゃないか。くくく。まあいい。そんなことでいいなら、言う通りにしてやろう)
「わ、わかった。右腕にドクロのタトゥーがある人間は全員おまえの言うことを聞くようにしておく。それでいいな?」
「ああ。これでおまえは自由だ」
(やった! これで俺は悪党から英雄になれる! はははっ!)
腰が抜けて思うように立てないガドゥーは這いつくばるようにしてその場を後にしはじめた。
その背中に少年の冷ややかな声が浴びせられる。
「食われなければ、の話だがな」
(俺を食う? 人食いの獣なんて街のはずれの森にいるわけないだろ。くくく)
ほっとした途端に足腰が元通りになった。一目散に走り出す。
しかし次の瞬間、目の当たりにした光景に彼は驚愕のあまりに再び動けなくなってしまった。
なんと、殺されたばかりの50人以上の部下たちが、一斉に立ち上がったのだ。
「あああああ……」
目、鼻、口、下半身……あらゆる穴という穴から漏れ出る液体を抑えられない。
恐怖と驚愕が彼の思考と理性を飛ばしていた。
その時、少年は大きな声で罵倒の言葉を言い放った。
「バァァァカ! 俺がてめえを許すとでも思ったか? 今まで何人の罪なき人がてめえに命乞いをした? そのたびにてめえは何をした? 命を助けたか? 奪ったものを返したか? 違うだろうが! 自分がしてきたことをされるってどんな気分だ? 悔しいだろ? 怖いだろ? ようやく己の残忍さに気づいたであろう?」
「い、いや……やめてくれ! お願いだ!」
「その願い……聞き入れてやるわけないだろ! 者どもに命じる。この男を食え」
少年の口から放たれた無慈悲な号令とともに、生き返った屍は一斉にガドゥーに向かって動き出した。大きな口を開けながら――。
「ギャアアアアア!!」
この日、帝国から『デビルズ』という一つの脅威が去った。人々が歓喜したのは言うまでもない。
その理由と経緯を知る者はいなかった。ただ一人、アルス・ジェイドという教会で奉公する少年を除いて――。
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