第5話 最初の眷属(前編)
「て、てめぇぇ!!」
アダムスが腰の短剣を抜いて襲いかかってきた。しかしまともに剣術を習ったことはないのだろう。隙がありすぎる。
「死ねぇぇぇ!」
ひょいっとよけると、手刀で彼の右手首をバシッとはたいた。
「ぐあっ!」
アダムスが落とした短剣を素早く拾い、感触を確かめる。
「うむ。ガキが持っていた割には悪くはない代物だな」
「て、てめぇ! それは俺のだ! 返せ!!」
「柄に鳥をあしらった紋章があるということは、どこぞの貴族から掠め取った盗品だろう。だったら俺が貰ってやっても文句は言えないな」
「んなわけあるか! それは俺のだ!」
破れかぶれに向かってくるアダムスをひらりとかわしながら、俺はひとつの考えを巡らせていた。
「魔法剣……試してみる価値はある」
回帰前には使えなかったスキルで、剣に魔法をまとわせて剣撃の威力を上げることができるのが魔法剣だ。
人間ならば超一流の聖騎士にしか使えない特別なスキルである。
ここにいるのはモンスターを目の当たりにしたことのない人ばかりだ。魔法剣を使っても変な勘ぐりを入れられることはないだろう。
「よし、やってみるか」
剣を握った右手に集中する。魔力で熱を帯びてきた。
「かえせぇぇ!」
アダムスがなりふり構わず襲いかかってきた。
俺は焦らずに右手に集まってきた魔力を剣に流し込むイメージを膨らませた。
「地獄の業火を我が手に。ヘルファイア」
紫色の炎が短剣を覆い、さらにその炎で剣身が腕一本分ほど伸びる。同時に旨い酒でほろ酔いしたような良い気分になり、意識が少し薄れた。
むくむくとわき上がってきたのは、「早く人を斬りたい」という純粋な殺意だった。
なんなんだ? これは……。
「ま、待て! き、聞いてないぞ! 魔法を使えるなんて……。や、やめてくれ! 俺が悪かったから!」
顔色を真っ青にしながら命乞いをするアダムス。しかし胸の内側に燃え盛る衝動を抑えられそうにない。
だがそれでも殺してしまうのは気が引ける、という理性だけは辛うじて残されていた。
俺はアダムスの右手に向かって、剣を軽く振り下ろした。
――スパッ!
肘から下が吹き飛ぶ。そしてその腕は紫の炎に包まれながら、やがて灰となって散った。
「うぎゃぁぁぁ! 俺の腕がぁぁ!!」
泣き叫びながら転げまわるアダムス。その甲高い声が心地よい。
いったいどうしちまったんだ? 俺は……。
「じゃあ、残りの一本もやってしまおうか」
「や、やめろー! アダムスさんに何をしやがる!」
いつのまにか目を覚ました取り巻き2人が、アダムスのそばに駆け寄って彼に肩を貸して立たせた。
「お、おまえ! こんなことしてデビルズが黙ってると思うなよ!」
「このカタキはボスが絶対にとってくれるからな!」
三下そのものの発言だな。それでは今の俺を止められないぞ。
ああ、いっそのこと3人の首をまとめて斬り飛ばしてくれようか。
それとも細かく切り刻んで、永遠に消えぬヘルファイアの炎を全身に浴びせて、もがき苦しむ様をじっくり堪能してやろうか。
そんなことに頭を悩ませているその時だった――。
「なにっ……!?」
遠く離れたハーフエルフの少女と目があったのだ。
彼女の金色の瞳が、俺の胸の中を巣食う邪気を吸い取ってくれるような感覚に陥ると、急速に冷静さを取り戻していくのが分かった。
(どういうことなんだ……?)
自分でも何が起こっているのか、さっぱり分からなかった。だがはっきり言えるのは、完全に興ざめしたということ。それにこれ以上はガタガタと震えているトキヤと少女の心臓にも悪すぎる。変に俺の正体を勘繰られるのも面白くない。
俺は魔法剣を解いて、アダムスの腰に差してあった鞘をひったくると、剣をしまった。
「もういい。これに懲りたら金輪際悪さをするんじゃねえ……」
そう言いかけた瞬間だった。うつむいていたアダムスの口元がニタリと歪んだ。
「このまま引き下がれるかよぉぉぉ!!」
なんと隠し持っていたナイフを持って一直線に駆け出したのだ。ハーフエルフの少女に向かって――。
「よりにもよってこの中で一番弱い相手を襲うとは」
俺の中で何かがブチ切れ、意識が飛んだ。
わずかワンステップでアダムスに追いつくと、その無防備な背中に向けて右手を突き出す。
――ブシュッ!!
背中から胸を俺の右手が貫き、その手には生温かな心臓が握られていた。
「や、やめ……」
最期の懇願むなしく、俺はその心臓を握りつぶす。同時にアダムスは糸の切れた操り人形のように地面に転がった。
「おまえの悪行で何人の少年、少女が心折られ、体を傷つけられ、命を落としたと思っているんだ!? そのうえ、俺が与えてやった最後の更生のチャンスも無駄にしやがって、クズめ。己の愚かさを地獄で悔いるがいい」
トキヤと少女は卒倒してしまったようだ。
だがこれで都合がいい。
――まずは1000の眷属を我が物にしなさい。
カノーユの艶やかな笑みが頭をよぎると、体が勝手に空中に魔法陣を描いていた。
魔王の眷属には死んだ人間や獣しかなれないらしい。どうしたものかと頭を悩ませていたのだが、答えはこんなにも簡単だったんだな。
自分が気に食わないヤツを自分で仕留めて、そいつを眷属にすればいいじゃないか!
つまりマッチポンプで俺だけの軍を作ってやる、ということだ!
「その魂を永遠に我に捧げよ。従属魔法『ハーバン』」
青い光に包まれたアダムスがふわりと立ち上がる。そして俺の前でひざまずき「ご主人様」と抑揚のない声をあげた。
「あわわわ……」
「うわああ!!」
取り巻き2人は泣き出してその場から逃げていった。
そりゃ、そうだよな。心臓をひねり潰されて死んだはずのアダムズが生き返って俺に忠誠を誓ったのだから。
それだけではない。斬り落としたはずなのに、獅子を思わせる鋭い爪を携えた右腕がはえているし、全身は灰色の肌で覆われている。誰がどこから見ても悪魔そのものの姿だ。
だがこのシーンを見られてしまったからにはタダで行かせるわけにはいかない。
俺はアダムスに命じた。
「おまえに初任務を与える」
「はっ。ありがたき幸せ」
こうして俺にとって初めての眷属が『3人』も同時に手に入ったのだった。
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