第4話 最初の復讐(後編)

◇◇


 テッドが教会を去った翌日。

 教会のパンを買いにいく日課を、俺と弟分のトキヤのふたりでおこなうことになった初めての日だ。

 トキヤは俺の2つ下。小柄で臆病な性格の彼は逃げ足だけは誰よりも速かった。

 この日、俺は決して忘れることのできない屈辱を味わうことになる。それはパン屋に向かう途中のひと気の少ない小路を通っているときのことだ。


「おい、いいから早くその金の入った袋をこっちへ寄越せよ!」


 シスターの格好をしたハーフエルフの少女が、3人の悪ガキどもに囲まれているシーンに遭遇してしまったのだ。


「アルスさん、見なかったことにして引き返しましょう」


 トキヤが怯えた表情で俺のズボンのすそを引っ張った。

 もし彼の言う通りにこの場からそっと立ち去れば、事なきを得ただろう。

 だが以前の俺はそうしなかった。


 ――おい、おまえら! その子から離れろ!


 青い正義感をかざして悪ガキどもにたんかを切ってしまう。

 しかし相手が悪かった。『デビルズ』という帝国の警備兵ですら手が出せない極悪のゴロツキ集団のリーダーの息子で、町きっての悪童、アダムスだった。彼は町でからんできた大人相手にも喧嘩で勝ってしまうほどの腕っぷしの持ち主。しかも身が危うくなると知るや、腰にさした短剣で容赦なく斬りかかってくるのだ。俺と同じ16だが、既に2人の大人を手にかけている。だから彼に対しては誰も何も言えない。

 それをいいことにして、ヤツはやりたい放題。ちょっとでも気に入った女をみつければ犯し、少年たちからは金を巻き上げる……。

 そんな相手ともつゆ知らず、当時の俺は無謀にも殴り掛かった。

 もちろん結果は言わずとも知れていた。

 あっさり返り討ちにされた挙句、


 ――真っ裸になって土下座しろ。


 そう命じられた俺は悪ガキどもの前に裸でひざまづいた。そして奴らは笑いながら、ハーフエルフの少女を日が暮れるまで凌辱したうえで、「口止め」と言って殺してしまったのである。

 もちろん持っていたパン代はかすめ取られ、さらに何の抵抗もしなかったトキヤまでもが俺と同じ目にあわされた。その時以来、トキヤが俺に心を開くことはなかったな。


「た……す……けて」


 少女のかすれた涙声が耳に入る。彼女の金色のショートカットの髪と華奢な体が小刻みに震えていた。


「いきましょうって、アルスさん!」


 トキヤのすそを引っ張る手の力が強くなった。

 ここまでは回帰前と同じ展開だ。

 そして回帰前と同じ戦闘能力がゼロであれば、トキヤの言う通りにその場をそっと立ち去るのがセオリーなのは間違いない。


 だが……今の俺は以前の俺とはまったく違う。

 回帰前とはいえ、決して消えることのないトラウマを植えつけてくれたこの悪ガキどもに、恨みを倍以上にして返すには絶好の機会というわけだ。


 俺はトキヤの手をそっと離した。そしてその手に銅貨が入った袋を持たせた。


「トキヤ、あの子を連れて逃げろ。別の道からパン屋を目指すんだ」

「で、でも……それじゃ、アルスさんが……」

「俺は大丈夫だから」

「けど、あいつは……!」


 そう言いかけたトキヤから俺は顔をそらし、アダムスの方へ足を向けた。

 その足取りが自分でも驚くほど軽やかなのは、これから訪れる復讐の快感に対する興奮を隠しきれないからだ。


「なんだ? てめえは」

「クソがきに名乗るような名前はない」

「ああ? この人を誰だと思ってやがる?」


 アダムスの取り巻き2人が俺に詰め寄ってきた。

 トキヤと少女は恐ろしすぎて動けなくなってしまったようだ。

 こうなったら仕方ない。

 自分の実力を試す良い機会だと思っていたのだが、彼らに見られたら余計に怖がらせてしまう。

 多少手加減してやるか。


「ガタガタぬかしてないで、とっととかかってこいよ。三下ども」

「てめえ!!」


 同時に2人が殴りかかってくる。

 俺はひらりと横にかわした。


「なにを! こしゃ……ぶべっ!!」


 最後までセリフを言わせる前に軽く頬を殴りつけると、数メートル先まで吹き飛んでいった。


「なっ!?」


 横にいる残りの取り巻きは当然として、近くでニタニタしていたアダムスまで顔色が青くなる。

 そりゃそうだ。

 一流の戦士でもないのに、たったの一撃で人を遥か後方まで吹っ飛ばしたのだから。


「ちょこっと叩いただけなのに大げさな奴め」


 俺が白い目でそう吐き捨てたのは誇張ではない。

 本当に軽く叩いただけなのだ。

 回帰前の過酷な環境の中で、俺は最小限の腕力で最大の威力を引き出すための体術を身に着けていたのである。それを今でも体が覚えていたわけだ。

 もちろんこの技術は単なる『子ども騙し』に過ぎない。

 実戦経験の豊富な戦士には、すぐに俺の体力や腕力が低いことを見抜かれてしまうだろう。しかし、モンスターとの戦いの経験が皆無で、弱い者いじめだけにいそしんでいた悪ガキどもの度肝を抜くにはじゅうぶんなパフォーマンスだったというわけだ。


「ごふっ!!」


 相手が目を丸くしている間にもう一人の取り巻きのみぞおちに深々と拳を突き立てると、うずくまってそのまま気絶してしまった。


「残りはてめえだけだな」


 過去の俺に屈辱を味あわせたアダムス。

 次は俺がおまえに絶望の味をたんまりご馳走してやろうじゃないか!

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