最初の眷属

第3話 最初の復讐(前編)

◇◇


「おまえが何歳か、だって? そんなもん俺が18になんだから、2つ下のおまえは16歳に決まってるだろ? ほんとどうしちゃったんだよ。今日のおまえは朝からおかしいぞ」


 兄貴分のテッドはそう教えてくれた。

 そうか、俺は16歳の俺に生まれ変わったということか。そしてここは俺が軍に入隊する前まで過ごしていた教会なのだ。


「無駄話はここまでだ。さあ、式に出るぞ」


 黒い正装……つまりテッドの言う『式』は『葬式』を意味する。

 ご遺体の入った棺を前に、神父様によるお祈りが終わったら、俺たちの番だ。俺たちは死者をあの世に送る天使として棺を担ぎ、墓地まで運ぶ役目を担っているのだ。


「はやり病で亡くなったじいさんの葬式だそうだ」

「はやり病のおかげで教会はうるおっているって噂を聞いたぞ。なにせ葬式代でぼろ儲けできるからな」

「ただでさえ、国から運営費の手当が出てるというのに、俺たち平民からも金をむしり取っているわけか」

「神様も嘆いておられるだろうよ。教会がそんなことでは……」


 道すがら、そんなくだらない話を耳にする。だが教会への中傷は慣れっこだから、まったく気にならない。むしろ戦乱が長引いていることで平民たちの生活は困窮し、行き場のない怒りが弱い立場の教会に向けられるのも仕方がないとすら思えた。

 少なくとも今の俺は、の話だが……。


「アルス。今日はやけに大人しかったじゃないか。いつもならひそひそ話が耳に届いたとたんに式の途中だろうが関係なくどなり散らしてたのに」


 葬式が終わって一息ついたところで、テッドが屈託のない笑顔を俺に向けた。

 そう言われればその通りだ。この頃の俺はすぐカッとなって、テッドや神父様を困らせていたっけ。

 変に勘繰られるのも面倒だ。俺はふいっと彼から顔をそらした。


「べ、別にいいだろ。俺だって大人になったってことだよ」

「ははは! そうか、そうか!」


 テッドがわしゃわしゃと俺の頭をなでた。


「や、やめろよ! もう子どもじゃないんだから!」

「ははは!! すまん、すまん!」


 豪快に笑うテッドの顔を俺はまじまじと見つめた。

 教会には孤児の男子が常に10人から多い時で20人ほど暮らしている。面倒を見ている大人は神父様ひとりだから、自然と年長者が年下の子どもたちの世話をするようになるのだ。

 かく言う16歳の俺もこの頃には教会にやってきたばかりの年少者の面倒を見ていた。それでもテッドにしてみれば、俺はまだまだヒヨッコなのだろう。

 俺も俺でテッドの前では肩ひじ張らずに自然体でいられたのを覚えている。

 だが、それも終わりが近いのを俺は気づいていた。


「テッドはもう18になったんだよな?」

「ああ、そうだな」

「軍からの『黒紙』はきたのか?」

「……まあな。昨日きた。もう配属先も決まってるんだぜ。西の前線だとよ」


 テッドはぎこちない笑みを浮かべた。

 黒紙とは徴兵令のことだ。

 昨日受け取ったということは、明後日には帝国軍に徴兵され、1週間後には戦場か。

 そして10日後にはテッドの葬式をここですることになる。もしここが俺の過去と同じならば……。


「死ぬのは怖くないか?」


 俺の質問に目を丸くしたテッドは、しばらく考え込んだ後、穏やかな表情で答えた。


「いや、怖くはない。だが死にたくはないな」

「なら、いくな」

「そういうわけにはいかないさ」

「なぜだ? 死にたくないんだろう?」

「いや、だってさ……」


 答えにくそうに言葉を濁しているところを見ると、テッドも気づいているようだ。

 これが『教会のビジネス』であることを。

 つまり18の男子を貴族出身の帝国軍のエリート将校たちの『肉の盾』として派兵することで、教会は帝国から支援を取り付けているのだ。もちろん葬式代も出る。

 常時20人以上の育ちざかりを食わせるために、いくら聖人君子の神父様であっても権力の言いなりにならざるをえなかった、といったところか。


「とにかく、俺は帝国軍の兵士になる。しかも西の前線は、かのマテウス将軍が引っ張っているんだぜ! 心配するなって」


 ドラゴンの最上位種であるエンシェントドラゴンを100体を倒したことで「エンシェントキラー」ともてはやされているマテウスの下で働くのか。しかしテッドが西の前線で命を落とす事実は変わりない。数日後には両足首と胸のあたりをエンシェントドラゴンに食われた彼の亡骸が教会に届けられ、帝国軍から支給されたわずか銀貨1枚でささやかな葬式が執り行われるのだ。


「あはは! 立派な功績を挙げて、アルスたちに美味しいものをたらふく食わせてやるからな! 楽しみにしとけ!」


 テッドが誇らしい笑みを浮かべて、ドンと分厚い胸を叩く。教会の中でも一の力持ちで町の悪ガキどもからも一目置かれた存在だったテッド。その彼が悲壮な覚悟を見せまいとしている。意地らしい態度に、胸がチクっと痛んだ。

 だが、今の俺にテッドを止める術もなく、その話はそこで切り上げた。

 そして2日後、俺の知る過去の通りにテッドは教会を去って、帝国軍の駐屯地に向かっていったのだった。


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