第2話 追放された天才将軍、次期魔王として回帰する(後編)

 腹の底から怒りの感情が湧き出る。「元」とはいえ、俺は帝国の将軍だった。魔王軍と幾度となく激闘を繰り返し、彼らを殲滅させることを神に誓った人間である。

 その俺に魔王をやれ、だと!?

 ふざけるな! 言ってもいい冗談と悪い冗談がある。

 どうにかしてこの女だけはこの場で殺さねば。

 と、その時、カノーユは俺の考えを見透かしたかのように俺の耳元でささやいた。


「あなたに残された選択肢はたった2つ。ここで私の言う通りにするか、無様に死ぬか……。教会の神父や子供たちと同じようにね」

「なにっ!?」


 ガツンと後頭部を鈍器でなぐられたかのような衝撃に、くらりとめまいを覚えた。

 数々の屈辱に耐えながら俺が将軍まで昇りつめたのは、すべて教会で貧しく暮らす身寄りのない子どもたちと彼らを懸命に世話する神父様に少しでも美味しいご飯を食べてほしかったからだ。つまり俺が昇進して、給料を増して、教会へたくさんの仕送りをするのが目標だったのである。


「驚くのも無理はないわ。だってあなた知らなかったものね。教会出身のあなたが帝国軍の規律を乱した罪は、あなたを育てた神父にも責任があり、その神父が育てた子供たちも帝国をあだなす存在になりうるということで、全員、ドラゴン族との戦場の最前線に送られたのよ」

「そんなばかな……」

「信じられないなら自分の目で確かめなさい」


 カノーユがパチンと指を鳴らすと、周囲の景色が一変した。

 

「うああああ! 助けて!」

「ぎゃあああ!!」


 武器も持たず、訓練も受けていない無力な子供たちがドラゴンに襲われ、次々に殺されている。

 それは今まで見てきた光景の中で最もおぞましく、まさに地獄と形容するに相応しいものだった。


「やめろ! やめろぉぉぉ!!」


 俺は気力を振り絞って、ドラゴンに向かって突進したが、するりと通り抜けてしまった。


「あなたはここにはいない存在。だから実態はないし、声も届かない」

「だったらなぜこんな残酷な景色を見せるんだ!? もうやめてくれ!!」


 頭を抱えた俺の目の前に、血だらけの神父様が倒れ込んできた。子供たちをかばって奮闘していたが、どうやら命運は尽きてしまったようだ。


「はあ……はあ……。これも神が与えた試練なのか……。どうか神よ。最後にひとつだけ願いを……。私たちに残されたたった一つの希望……アルス・ジェイドに大いなるご加護を……」


「神父さまぁぁぁぁ!!」


 届かないと分かっていても、俺は叫んだ。

 そして神父の最期の願いもまた潰える寸前であることに、俺はあらためて絶望した。


「さあ、選びなさい。このまま無様に死ぬか。次期魔王として絶望の淵から新たな運命を切り開くか」


 新たな運命などどうでもいい。

 だが、もし願いが叶うならば、罪と力なき教会の子供たちを地獄に突き落とした、帝国のクソったれどもを、同じ目にあわせてやりたい。


「当然、次期魔王としての能力は授けてくれるんだろうな?」

「ええ、もちろんよ。おじい様である魔王ルドルフが身につけている秘伝の魔法と剣技はすべてあなたのものになるわ」


 俺の心は『復讐』の二文字で埋め尽くされた。

 それが果たせるなら悪魔に魂を売ってもかまわない。


「……いいだろう。だがもうひとつ聞きたい。なぜ俺なんだ?」


 カノーユはニコリと微笑んだ。その笑みは悪魔というより天使を想起させるもので、不謹慎にも胸がドキンと高鳴った。だがそれも一瞬だった。


「都合のいい人間だったから、よ。それ以外の理由はないわ」


 冷たい口調。それにけっきょくは帝国の俺に対する考え方と変わらないじゃないか。

 しかしそれでもいい。

 もうどうせ俺は死んだ身なんだ――。


「わかった。じゃあ、俺はこれから何をすればいい?」

「次の人生で自分だけの眷属を10万集めること」

「次の、だと?」


 唖然とする俺をしりめにカノーユは目を閉じて細い指で宙に四角を描く。するとそこに紫の光でできた書面があらわれた。


「なんじ、アルス・ジェイドは次期魔王となり、現魔王ルドルフ様に忠誠を尽くすことを誓うか?」


 ええい、もうどうにでもなれ!

 城内の安全なところで俺が苦しみ子供たちが殺される様子を、高見の見物決めていたやつらの首を斬り飛ばすことができるなら、今だろうが、次だろうが関係ない。


「はい!」

「その誓いを破れば、そなたは命尽きるまで無限の苦痛を与えられることになる。それでよいな?」

「苦痛でもなんでも受けてやるよ」

「ここに契約は完了した!」


 カノーユがパンと手を叩くと、周囲の死霊軍団が一斉にわいた。

 俺はその歓喜の輪の中にあってひとりだけ平静を保っていた。


「次はどうする?」

「死になさい」


 やはりそうか……。

 『次の』ってことは、今はそのなるしかないよな。


「覚悟はしていたようね」

「まあな。さあ、ひと思いにやってくれ」

「ふふ、いいわ」


 目をつむる。

 カノーユが近づいてくる気配がした。

 そして次の瞬間、俺の唇はカノーユに奪われた。


「んんっ!?」


 悪魔とは思えないほどに温かくて柔らかな感触。

 得体の知れぬ幸福感とともに、俺の脳内に流れ込んできたのは膨大な闇魔法と暗黒魔剣の奥義の数々。

 そして徐々に薄れゆく意識の中、カノーユのささやく声が遠くに聞こえてきた。


「まずは1000の眷属を我が物にしなさい。そうしたら次の道がおのずと開かれるはず」


 どういうことだ……?

 だがそれを問う間もなく、俺の意識は飛び、心臓は動きを止めたのだった――



◇◇


「アルス、アルス! そろそろ起きろ!」


 懐かしい声が聞こえてくる。

 教会で兄貴分だったテッドの声だ。しかしテッドは俺が16の時に、魔王軍との戦争に徴兵されて死んだはずだ。

 そうか……。ここはあの世という訳だな。


「いい加減にしろ! もうはじまるぞ!!」


 バサッという音とともに視界がひらけた。

 すると目の間にはテッドの顔。まるで女神様と見間違うほどに綺麗で整った顔立ちだが、れっきとした男だ。


「これは……夢?」

「んな訳ないだろ! まぎれもない現実だ! とにかく早く着替えるんだ! 式に遅れたら神父様から大目玉を食うぞ!」


 そうだ。これは夢ではない。

 俺は生まれ変わったのだ。過去の自分に――

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