追放された天才将軍、次期魔王に回帰する~復讐しながら始末した相手を眷属にするというマッチポンプで魔王軍を作ったらいつの間にか『英雄』認定されていた~

友理 潤

プロローグ

第1話 追放された天才将軍、次期魔王として回帰する(前編)


 アジュール・イーグル――藍色の鎧、胸には大鷲。

 世界一の軍事力を誇るアスター帝国の中でも『最強』とうたわれた軍団アジュール・イーグルのメンバーのみ着用が許された鎧だ。そのアジュール・イーグルを率いていたのが、俺、アルス・ジェイド。

 「率いていた」としたのは、つい1週間前までのことだから。

 そう……俺ははく奪されたのだ。

 アジュール・イーグルの将軍の座を――。


◇◇


「はぁ……。はぁ……」


 これで何体目だろうか。

 俺の背には魔王軍の雑魚どもの死体があちこちに転がっている。

 

 ――アルス・ジェイド。将軍職をはく奪し、単騎でミゲル渓谷への侵攻を命ずる。


 どんな精鋭部隊をもってしても奪還できなかった敵の要衝に、俺はたった一人で派遣された。

 それは『死刑宣告』と言っても言い過ぎではない仕打ちだった。


 ――くくっ。もうジェイド将軍にあえないなんて残念だ。

 ――おいおい、残念じゃなくて、せいせいした、の言い間違えだろ?

 ――そうだな。孤児で教会に育てられた雑草に『将軍』は似合わねえもんな。見てるだけで吐き気がしてたから。


「くそっ……!」

「ガアッ!!」


 左からオークが襲いかかってくる。


「こんなところで死んでたまるか!!」


 もうほとんど動かない右手で長剣を握り直し、最短距離で剣をオークの腹に突き刺す。

 鮮血が噴き出し、オークが断絶魔の叫び声とともに崩れ落ちる。

 だが息をつく間もなく、今度は背後からゴブリン、さらに正面からオオカミ型の魔物が飛びかかってきた。

 とっさにオークの巨体を盾にする。一瞬だけゴブリンが戸惑ったところで一目散に駆け出す。

 先に追ってくるのはオオカミで次にゴブリン。彼らが一直線になった頃を見計らって、振り向きざまに剣を横に振り払う。

 狼の頭が吹き飛び、ゴブリンの足が止まる。そこへ右肩からタックルを食らわせた。


「ウギャッ!」


 仰向けに倒れたゴブリンの喉元に剣を深々と突き刺した。


「はぁはぁはぁ……」


 もう限界だ。いや、もうとっくに限界は超えているか……。

 死地に放り込まれてから2週間がたつ。その間、ほぼ不眠不休。食料はとうに尽きた。だから魔物の肉を……ああ、思い出すだけでもきつい。

 剣術、体術ともにからっきしだった俺だが、生存本能のおもむくままに魔物をなぎ倒していくうちに、いつのまにか達人の域まで達していた。

 ただそれも命のともしびが消えかかっている今では虚しいだけなのかもしれない。


「ああ……なんで俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだ」


 考えるまでもない。

 教会出身で平民の身分ですら与えられなかった俺は帝国軍の中でも『異端の将軍』だったからだ。


 ――アルス。あなたのやり方は古い。あれでは部下はついてこない。

 ――大切なご子息や令嬢に、もしものことがあったらどう責任を取るつもりかね。

 ――実際に苦情がきてるんだよ。君のやり方にね。しかも1人や2人というレベルではない。


 魔王軍に押され、次々と領地が奪われている中、『勝つ軍団』に鍛え上げるためには多少の厳しさは必要だ。ましてや、アジュール・イーグルは最前線で戦う帝国軍の主力部隊。普段は命知らずで肉体的にも精神的にもタフな強者たちだけが選抜されてきた。

 ところがある日、部下の全員が解任された。それぞれ異なる部隊の部隊長に抜擢されるという。しかしそれはただの建前だった。そして新たに俺に託されたのは世間知らずの貴族の子息や令嬢が通うアカデミーの出身者ばかりだったのだ。

 なぜそのようなことになったかと言えば、帝国軍の中には出自不明、孤児で教会に育てられた俺を『下賤』とさげすみ、俺が将軍の座についたことを面白く思わない連中ばかりだったからである。

 つまり彼らにとっては、俺の部下を世間知らずで何か気に食わないことがあればすぐに不平不満を漏らすガキどもばかりにすることは、俺を失脚させるかっこうの材料だった、というわけだ。


 ――アルス・ジェイド将軍。土下座しなさい。


 皇帝、五大将軍、その他大勢の小隊長たち、さらにアジュール・イーグル……つまり俺の部下の面々の前で俺は土下座を強要された。

 そもなくば「即刻、帝国軍から除隊を命じる」と。


 ――申し訳……ございませんでした。


 俺は叫び出したくなるような屈辱を抑えながら土下座した。

 くすくすとせせら笑う声、憐れむような視線……あまりの情けなさに涙が出そうになるのを必死にこらえた。そしてしばらくしたその後、冷酷な命令が下されたのだった。


 ――アルス・ジェイド。将軍職をはく奪し、単騎でミゲル渓谷への侵攻を命ずる。


◇◇


 魔王を倒し、平和な世を取り戻したあかつきには、俺のような不遇の生い立ちの子どもたちに、たらふく美味しいものを食べさせてあげたい――俺の願いはただそれだけだった。

 その願いをかなえるために、どんな仕打ちにも耐え、どんな過酷なミッションもこなしてきた。

 とくにアジュール・イーグルの活躍で、魔王軍の侵攻は影を潜め、いくつかの集落の奪還も成功した。そのおかげで『最強の天才将軍』と民衆たちから評判だったのだ。

 だが、その仕打ちがこれか……。

 ふつふつと沸き上がる怒りが、生きる原動力となっていた。

 でもそれすら、今となってはもういい。

 ゴブリンの死骸の横に並んで仰向けで大の字になる。

 魔界領であることを示すように、空は赤く、雲は黒い。


「ここで朽ち果てるか……」


 そう呟いた時だった。


「ようやく見つけた」


 どこからともなく若い女性の声が聞こえてきた。

 まさかこんなところに人間が?

 そんなはずはない。


「だ、誰だ……?」


 必死に体を起こして、声の方へ顔を向ける。

 するとそこには体のラインがくっきり分かるようなタイトな黒のドレスに身を包んだ黒髪の20代とおぼしき美女が、薄い唇に微笑みを携えながら俺の方にゆっくりと近づいてくるのが目に入った。


「合格よ。アルス・ジェイド将軍。あ、今は元将軍だったわね。ふふふ」


 目が赤く光る。明らかに人間ではない。となると答えは一つだ。


「合格? なんのことだ? それよりもおまえは一体何者だ?」


 まだ体力は回復していない。できる限り時間を稼いで、せめて一太刀浴びせるだけの力を蓄えなくては。


「ふふ。瀕死の割にはよくしゃべること。まあ、そういうところも相応しい、といったところね」


 細い目をさらに細くさせながら、楽しそうに声を弾ませている。


「申し遅れたわ。わたしはカノーユ。魔王ルドルフの孫娘なの」

「なっ!?」


 サラサラと風になびく長い黒髪、スレンダーな体型に長い脚――どこからどう見ても普通の人間だ。それなのに魔王の孫娘だと……!?


「次期魔王になるはずだったお父様は叔父様との派閥争いで命を落とし、そのことにお怒りになったおじい様は叔父様を処刑した。つまり今のままではおじい様の後継がいないの」

「なぜそんなことを俺に?」


 カノーユは俺に美しい顔をぐっと近づけてささやいた。


「あなたになって欲しいのよ。次期魔王に」

 

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