05 『生乾き』『数独』『一匹狼』
今日は友達が風邪を引いて休みだから、休み時間が手持無沙汰で仕方ない。他の人と仲が悪いわけではないけど、だからって話しかけに行くのも面倒だ。たまには一人で静かに過ごすのもいいだろう。
高校生になってひと月も経てば、クラスメイトがどういうタイプなのかおおよそ分かってくる。せっかくだし周囲の理解度を深めるために人間観察でもしようか。さて、まずは隣の席からだ。
隣の席は小柄で華奢な女の子で、大きな目が小動物を連想させる。かわいいと表現して、それを否定する人は少ないだろう。
休み時間になるとすぐスマホを取り出して真剣な顔で何かしている。今もそう。たまに人差し指で画面をタップするくらいの少ない操作。
出欠確認の返事くらいでしか声を聞かないから、人と話すのが苦手なんだろう。お昼ご飯はいつも自分の席で食べている。一人で。現段階では、少なくとも学内に友達がいる気配はない。
でも、友達がいないから一人でいるという風に見えないのがまた不思議で、いわゆる一匹狼というやつだと思う。見た目は小動物だけど。スマホの中に明確に好きなことがあって、そっちを優先しているから他人に興味がないように見える。
「うーん」
急に小さく唸って少し険しい顔をした。私の視線に気付いて威嚇されたかと思ったけど違った。スマホを机に置くと、上半身を背もたれに預けて腕組みする。目線はスマホに向けたまま。イヤホンもしていないし、動画視聴というわけでもなさそう。
スマホの中の何に興味があるのか気になって、私は思わず覗いてしまう。画面には数字がいくつも表示されていた。何これ。
「ねえ、プログラミングでもしてるの?」
「は?」
前触れなく話しかけた私のせいでもあるけど、もっとかわいい返事をされると思った。ああ、これこそ威嚇か。
「なんか数字がいっぱいだから」
スマホを指差すと、小動物は納得したように軽くうなずいた。覗きは許してくれるらしい。
「数独。ナンプレとも言うけど」
「いやどっちも知らない」
「パズルだよ。マスの中に一から九までの数字を当てはめるの。同じ列には同じ数字は入らない。あとこの四角の中も同じ数字は入れられない。……分かってなさそうだね」
「ごめん。それっておもしろいの?」
「人によるかな」
数字が苦手な私だと楽しめない可能性が高いことだけは分かった。
「あ、邪魔してごめんね。続きどうぞ」
「気にしないで。詰まってたとこだったから。もうすぐ授業始まるし」
そう言いながらスマホを鞄に仕舞って次の授業の準備をし始めた。体の動きが倍速に見えるからやっぱり小動物みたい。
ってか、普通に会話できるんじゃん。
風呂上がりにスマホを見ると、明日も休むという友達からの連絡があった。もう寝ていると悪いのでスタンプで返事をする。
それにしても。今日はまさか隣の小動物と会話をするとは思わなかった。観察だけのつもりだったのに。思い出す、真剣にスマホを見つめる表情と数字が並んだ画面。
「そりゃ話しかける奴いないわな。……あれ? 何て言ってたっけあのパズル」
ああいうパズルが好きということは、数学も得意なのだろうか。まだテストがないので分からない。もう少し観察を続けようか。勉強を教えてくれる人が近くにいるとありがたい。
「ックシュ! さむ……。あ、髪」
くしゃみのおかげで髪が生乾きだと気付き、スマホをベッドに放ってドライヤーに手を伸ばした。
翌朝登校すると、すでにスマホとにらめっこしている人がいた。
「おはよう」
「おはよう。なんか鼻声? 大丈夫?」
小動物のように驚くこともなく挨拶を返してくれた。しかもちゃんとスマホから目を離して私を見ている。体調を気遣ってくれているし、他人に興味がないわけじゃないのかもしれない。
「ねえ、休み時間とか他の人と話したりしないの?」
さすがに友達の有無までは聞くまい。
「うーん。特別話す理由ないから」
スマホ片手に本当に必要なさそうな顔をする。
「会話に理由なんて必要ないと思うけど」
とか言って。新しいアプリを入れたスマホを取り出そうとしている私も私だ。
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