第3話


“初恋のベルガモットがお好きなんですね。第1巻に入っているお話ですよね?私もあのラストにはすごく驚かされました。初恋の経験は私にはないので、初恋のほろ苦さはわからないんですけど、ベルガモットティーを飲んで想像してみます。光里ひかりさんとはお名前も同じですし、仲良くなれそうな気がします”


光莉ひかりの可愛らしい字が並んでいる。

5巻までしか読んでいない可能性も考慮して、5巻までで好きな話を選んだ。

小説を読んでいるものにとって、ネタバレほど殺意の湧くものはない。

光里はメモを引き出しにいれると、ベッドに横になった。


光莉さんは20代だろう。

後ろ姿しか見ていないが、華奢な体型をした若い女の子って感じだった。


(まさかこんな冴えないおっさんとやりとりしてるなんて思ってないんだろうな)


仲良くなれそうと書いていたが、それは光里の姿を見ていないからだ。

同年代のイケメンを想像しているかもしれない。

まぁでも今後会うこともないのだ。

とりあえず、今はこの手紙のやりとりを楽しむことに光里は決めた。

起き上がると、机に向かいシャーペンを手に取った。


“仲良くなれそうだなんて言ってもらえて光栄です。光莉さんはどうしてこんな手紙のやり取りをしてみようと思ったんですか?”


1番に不思議に思ったことを書いてみた。

今どきスマホもあるし、様々なSNSを使えば、いろんな人と知り合える。

日向真理探偵シリーズのファンの投稿だってあるはずだ。

そこをあえてこの古典的なやりとりを選んだのはなぜなのか、気になっていたのだ。


4巻にメモを挟むと、再びベッドで横になった。


「芦原君、これお願いしたいんだけど」


時計をみると16時を回っている。


「・・・期限はいつでしょうか?」


「明日にはある程度、形にしたいんだよね。本当は藤森くんに頼んでたんだけど、出来ないって泣き出しちゃってさ」


藤森は席にいない。

この4月から入った新入社員だ。

入社から8か月もしているので、この程度できそうだが、期限ぎりぎりになって、部長に出来ないと泣きついたらしい。


「まぁ君は独身で誰かが待っているわけでもないし、多少残業行けるでしょ?ね?」


そういって部長は、光里に書類を押し付けると、肩をパンパンと叩いて去っていった。


「独身とか関係あるかよ・・・」


誰にも聞こえない声で呟くと、光里は肩落とし席に戻った。


「お疲れさまでぇす」


藤森の元気な声が響いた。

時計をみると17時30分だ。


(しっかり定時で帰ってやがる・・・)


そう思っても文句は言えない。

文句を言えば、確実に部長に告げ口されるだけだ。

黙々と作業をして早く帰る方が利口だ。


ササっと終わらせて・・・なんて思っていたが、藤森が少しやり始めていたのか、色々間違っているせいで、作業は難航した。

藤森の間違いを修正してから、本来の作業をしなければならない。

いっそ一からやり直したいが、それも出来ない。

必死にデータを書き換え、打ち込み終わった時には22時を回っていた。

データがあっているか再度確認した後、データを提出して光里は会社を出た。


家の最寄り駅について、図書館の方をみると電気が消えている。

この時間だから当たり前だ。

光里は肩を落としながら、家路についた。


翌日、藤森から「先輩、ほんとにありがとうございましたぁ」とにっこりと笑顔で言われたが、文句も言えず「あぁ」と返事をした。


それで味をしめてしまったのか、そこからやたら藤森が仕事を教えてくださいと言いながら、さり気なく光里に仕事を押し付けてくるようになった。


「これくらい自分でできるんじゃないかな?」と言えば、「ムリですぅ」と半泣き顔で言ってくる。


「・・・わかった、やるよ」


光里が引き受ければ嬉しそうな顔をして、「ありがとうございますぅ」といって席に戻っていく。


(ああいう人間が上手く生きていくんだよな。なりたくはないけど)


そう心の中で毒づきながら仕事をこなしていく。

誰も手伝いましょうか?なんて言ってこない。

今日も時計を見ると、19時を回っている。

図書館の閉館時間は20時。


「はぁあああ」


深いため息をつくと、誰もいないオフィスで再びパソコンと向かい合った。


やっと休暇になって、図書館にいくことが出来た。

約1週間ぶりだ。

日向真理探偵シリーズの4巻を手に取ると、貸出手続きへ向かった。


“私がこの手紙を挟んだのは、事情があって友達が一人もいないからです。しかもスマホを使うことも出来ないので、手紙という方法で友人を作ろうと思って、思いついたのがこのやり方でした。返事なんて絶対来ないと思っていたから、光里さんから返事が来た時は本当に本当に嬉しかったです”


家に帰って本を見ると、今回もちゃんと返事が返ってきていた。

どうやら光莉はぼっちらしい。

意外と光里と同じ陰キャなのかもしれない。

それにしても事情とはなんなのだろうか。

光里は考えをめくらせたが、答えは出ない。

それにこの時代の若者でスマホを使えないなんてありえるだろうか。

もしかしてこの前みた女の子が光莉じゃないのかもしれない。

たまたま同じ本棚から違う本を借りただけということもあり得る。


(光莉さんってどんな人なんだろう)


考えたってわかるわけもない。

「疲れたぁ・・・」

光里はベッドに飛び込んだ。

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2024年12月5日 11:00 毎日 11:00

恋だろ 月丘翠 @mochikawa_22

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