第4話

“僕と同じですね。僕も友達はほとんどいません。事情は特になくて、ただ人と話すことが苦手だからです。手紙だとこうやってちゃんと書けるんですが、目と目を合わせてとなるとなんだか苦手です。SNSも苦手でほとんど利用していないので、光莉ひかりさんと似てるかもしれません”


書きながら若い女の子に何を言ってんだかと光里ひかりは思ったが、一生顔を合わせることのない相手だと思うと、少し大胆になれる。


“光莉さんは読書以外で何か好きなことはありますか?”


これで光莉がどんな人なのか少しはわかるかもしれない。

友達と原宿に行くのが好きですと言われれば学生の可能性が高いように感じるし、映画が好きといえば次の手紙でどんな?と聞けば世代も予想がつきそうだ。


読み直してこれでいいだろうと、5巻に丁寧に挟んだ。


(あと10冊。つまりあと10回で手紙のやり取りは終わる)


このスピードで手紙のやり取りをすればきっとあっという間に終わってしまうだろう。

次の巻に進まずに同じ本でずっとやり取りすればいいだけなのだが、それは違う気もした。


桜だってあっという間に儚く散るからこそ、より美しいのだ。


(残りの回数が限られているからこそ、いいんだよな)


光里は、大事に本を鞄に入れた。


翌日には、藤森の手伝って攻撃をかわし、なんとか4巻、5巻を返却した。

そしてまた1週間後に6巻を借りに図書館へ向かった。


図書館へ行くのが習慣になりつつある。

仕事だけの日々とは、まるで違う生活だ。


仕事も嫌いではなかった。

働き始めはむしろ仕事が好きだった。

希望に満ち溢れ、大変ながらも仕事を覚え、怒られたり、褒められたり・・・楽しかった。


でも、数か月でわかってくる。


仕事の出来る奴、出来ない奴、面白い奴、からかいがいのある奴など先輩たちが評価をつけていき、それがまるで本人のキャラクターのようになっていき、そこから抜け出すことが出来なくなってくる。

そしてこの中で評価を高くうけるのは、仕事は大して出来ないのに人間関係をうまく築いていける奴だ。

仕事が出来る奴はそれはそれで可愛げがない思われてしまう。

仕事がそこそこで愛嬌のあるやつが最強なのだ。


それに頑張って効率を上げて業務を行い、早めに帰れるようになっても、何の努力もしない奴の手伝いまでやらされる。

その結果、できる奴も手を抜くようになる。

そして効率が落ちて終わらなくなった仕事のしわ寄せは大人しくて言い返さない、光里のようなタイプに行くようになっている。


(頑張るなんてバカバカしい)


そう思ってから光里は人に頑張って関わることもしなくなったし、+αで何かしようという考えは仕事にはない。

ここ数年は、ただ淡々仕事をこなすだけだ。

そこに面白さも、楽しさもない―


そんなただぼんやり過ごしていた日常だったのに、今は手紙を読む楽しみが出来た。

すると不思議なもので、仕事も早く終わらせたいと思ったり、ほんの少し+αしとくかという気になる。


今日は図書館に本を借りに行く日だ。

おそらく光莉から返事が来ている頃だろう。

他の人に手紙を読まれるわけにはいかない。


藤森に仕事を頼まれるより前に、定時になった瞬間に会社を出た。

部長がよく仕事はチームプレイというが、そのチームメイトに光里は助けれられた記憶はない。

そんな奴らのことはしらん、そう思って光里は会社を出た。

定時で退社なんて罪悪感を感じるかと思ったら、なんとなく足が軽い。


図書館に向かうと、真っすぐにいつもの棚へ向かい、6巻を手にした。



“私は、絵を描くのが好きです。上手いわけではないのですが、絵を描いて穏やかに過ごしている時が一番幸せです”


今回はもう1枚メモが挟まっている。

いつもの手紙より一回り大きい。

色鉛筆で描かれている一枚の絵だ。


自分の部屋の絵だろうか。

窓辺にガーベラとカスミソウが飾られていて、窓の外は真っ青な空だ。

カーテンが風で揺れている感じも、影もかなり上手く描かれている。


“上手じゃないので恥ずかしいのですが、絵も一緒に挟んだんでみました。どうでしょうか?また感想を教えてください。


あと最近は絵を描く以外にも楽しみが出来ました。この手紙の交換です。それも光莉さんのおかげです。改めてありがとうございます”


後ろ姿の彼女が思い浮かぶ。

きっとハニカミながらこの手紙を書いたに違いない。


(可愛すぎる・・・)


なんて想像して、実際の光莉の見た目もなにも知らない。

でもほんの少し胸がときめいてしまった。


(いい歳のおっさんが何想像してんだ)


「あ゛あ゛あああああ!」


恥ずかしくなって声にならない声をあげて、ベッドに飛びこんだ。

恋愛というものから離れてもう何年も経つから、おかしくなってしまったんだ。

そのせいなんだ、俺は変態じゃないと光里はそう自分に言い聞かせていると、普段震えることがほとんどないスマホが震えた。


画面をみると、高校の時の悪友の名前が表示されていた。

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