第2話

(30にもなって何をやっているんだか・・・)


光里ひかりはそう思いながらも、今日は同僚たちに仕事を押し付けれられないように息をひそめ、定時でさっと上がってきた。

2巻を返却してから一週間程度経っている。

もし相手が2巻のメモをみて3巻に返事を書くなら、きっと貸出期間の1週間後に3巻が返ってくるはずだ。

そう思って1週間後に図書館に行くことにしたのだ。


最寄駅から図書館まで歩いていると、街はすっかりクリスマスモードで、駅前の木にはイルミネーションが施され、駅直結の百貨店にはクリスマスツリーが飾られている。

クリスマスまであと二ヶ月もあるのに、店の音楽もクリスマスソングが流れている。

いつだって相方がいない光里にとっては、眩しすぎる世界だ。

そんな街を通り抜け、光里は足早に図書館へ向かった。


図書館に入ると、ふわっと暖かい空気に触れて、気持ちが安らぐ。

決して、悪いことをしているわけではない。

それでもドキドキはしてしまう。


(彼女からの返事はあるのだろうか)


“こんにちは。初めまして、僕の名前も漢字は違いますが、光里と言います。日向真理探偵シリーズは、僕も好きです。光莉さんはどの話が好きですか?”


前回そのような返事を書いたが、無視されたり、他の人に読まれたらかなり恥ずかしい。

向こうもいつ返事がくるかわからないわけだから、光里が返却してすぐに2巻を借りてくれるわけではないだろう。

他の人が読んでしまう可能性も大いにある。

そう思うと今更ながら、急いで目的の本棚に向かった。


日向真理探偵シリーズ―。

いまだに刊行が続いていて、現在までに15冊出ている。

1年に1冊しか出ないため、3巻は約12年前の作品だ。


「3巻・・っと」


棚を見てみると、3巻が本棚にある。

そっと抜き取って、その場で開こうかと思ったが、なんだが若い女の子の手紙を楽しみしているおっさんはキツいよなと思い直して、何でもない顔をして貸出コーナーへ向かった。


家に帰ると、いつものようにビールを開け、一口ぐびっと飲む。

そして正座をすると、ドキドキしながら本を開いた。


パサっ・・・


本を開くと、この前と同じ紙がはらりと落ちた。


“光里さん、お返事ありがとうございます。すごく嬉しいです”


光莉ひかりからの返事が入っていた。


“私が好きなのは、美味しい紅茶は殺意の香りです。トリックは単純なのですが、犯行に至るまでのお嬢様やそれを庇う執事の心情に共感できましたし、そして日向真理が珍しく家を出て「未来を変えられるのは今よ」とお嬢様を抱きしめる場面が大好きです。光莉さんはどの話が好きですか?”


『おっさんが何書いてんだ笑』と書かれたら、末代までの恥だと思っていたので、まともな返事に光里はほっと胸をなでおろした。


そういえば『美味しい紅茶は殺意の香り』は確か5巻くらいに入っていた気がする。

光里が20はたちになった頃、新しい日向真理シリーズが出ていると思って買ったのだ。

結局忙しくて、最初に入っていたこの『美味しい紅茶は殺意の香り』しか読めなかった。

ということは、光莉はすでに5巻までは少なくとも読んでいるようだ。


「好きな話ねぇ・・・」


光里はシャーペンを手にもつと、返事を書くためにわざわざ買ってきたメモ用紙にペンを走らせた。


翌日は休暇だった。

3巻も読み終わったし、早めに返却しようと図書館へ出かけた。

土日ということもあって、駅前はにぎわっている。

心なしかカップルが多い気もする。

荒んだ心を隠しつつ、図書館に入ると、返却手続きを行う。

光莉以外には誰にも読まれませんように心の中で手を合わせつつ、返却用の棚に本を入れた。


折角なので、他の本でも読もうと、ウロウロ歩いてみる。

ミステリーに恋愛小説、エッセイ。

ただたくさんある本の背表紙のタイトルを見て歩いているだけでも、わくわくした気持ちになる。

どの本を読もうかと考えるのは、宝物を探しているようなそんな感覚に似ている。

光里は気になる本を選ぶと、近くの席で少し読んでから帰ることにした。


「ぐぅ~・・・」


低めのお腹の音が鳴った。

少しだけなんて思っていたのに、もう2時間も経っている。

お昼を過ぎているので、お腹もすくわけだ。

ちょうど読み終わったので、本を棚に戻して帰ろうと、本棚に向かった。


「あれ・・?」


日向真理探偵シリーズが置いてある本棚に、女の子が立っている。

ニット帽をかぶり、黒のダウンジャケットに白のニットのロングスカートを履いている。

後ろ姿なので顔はわからないが、若そうだ。

彼女は、日向真理シリーズどれかを手に取ると去っていった。


(まさか俺の恥ずかしい手紙を読まれるのでは!?)


急いでどれを借りたのか確認すると、3巻がない。


(…やばい!)


彼女の後姿を追いかけ、声をかけようかと思った時、我に返った。

読まれると恥ずかしいも何も彼女が光莉さんかもしれないのだ。

最悪の場合、今声をかけたら変なおじさん扱いをされるかもしれない。


『あなただったんですね』


なんて会えたことを喜ばれるのは、ドラマの世界だけだ。


イケメンだったらまだしも冴えないメガネのおっさんに出会えて、若い女の子が喜ぶなんてありえない。


女の人が本を借りて去っていく。


(どうか光莉さんでありますように)


心の中でまた手を合わせた。

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