結婚相手を見つけるため、秘書官を辞めたいです 〜なのに腹黒王子が「好きだ」なんて言って邪魔してくるのですが!?〜

菜々

第1話 王子の秘書官


「セアラが好きなんだよ」



 普段から私をいじめて楽しんでいる腹黒王子、ジョシュア殿下がケロッとした様子でそう告げた。

 この冗談はこれで2回目だ。

 呆れたため息とともに、私は殿下を見上げて冷静に返事をする。


 

「……殿下。前から思っていましたが、女性にそんな冗談を何度も言うのはよくありませんわ」

 

「冗談じゃないけど」

 

「なら悪ふざ──」


 

 そこまで言ったとき、ジョシュア殿下の顔が近づいてきた。

 触れてしまいそうなほどの近い距離で、殿下の黄金の瞳と目が合う。


 

「悪ふざけでも冗談でもない。本当に俺はセアラが好きなんだ」

 

「…………」



 作られたような微笑みも嫌味っぽい笑みもない、真剣な表情のジョシュア殿下。

 でも、それに騙されたりはしない。



 

 殿下……本当にどうしちゃったの?

 いったい何を企んでいるの?




 私は疑わしい目でジッと殿下を見つめ返した。

 

 



 

 



***


 



 


 その数日前。



「……今、何時?」


 

 ベッドの中で目覚めた私は、すぐにサイドテーブルの上に置いてある時計を確認した。



 

 5時! 時間ピッタリね。



 

「んんーー……もうすっかりこの時間に目覚める体になっちゃったわ」


 

 背筋をグッと伸ばしてから、ゆっくりとベッドを降りる。

 呑気な令嬢生活をしていた頃は、こんなに早く起きることはなかったし、着替えだって髪を結ってもらうのだって侍女にやってもらっていた。

 

 でも、今は毎日この時間に起きて自分で身支度を整えている。

 顔を洗い、慣れた手つきで薄いピンク色のふわふわ髪をまとめ、秘書官の制服に着替えたら準備は完了だ。

 

 机の上に置かれた書類の束を手に持ち、私は急ぎ足で部屋を出た。


 

「……今日はいつもより寒いわね」


 

 そんなことを呟きながら到着した先は、第1王子ジョシュア殿下の執務室だ。

 私セアラ・バークリーは、ジョシュア殿下の秘書官として王宮に住み込みで働いている。



 

 よし! 今日も1日がんばりますか!



 

 予定表をパラパラとめくり、王子の本日の予定をすべて把握する。

 仕事始めにまずやることがこのチェックだ。



 

 急ぎの手紙は届いていないみたいね。

 今日はキャンセルや変更もなし!


 えーーと、午前中は建設中の会館についての会議……午後は予算会議に今度の視察についての会議……って会議ばっかり。

 資料は事前に作ってあるから、まずはあの資料を先に出しておいて……。



 

「おはようございます。セアラ秘書官」

 

「わっ! ……トユン事務官!」


 

 振り返ると、メガネをかけた優しそうな顔立ちのトユン事務官が立っていた。



 

 びっくりした……!

 集中していて、事務官が部屋に入ってきたことに全然気づかなかったわ。



 

「驚かせちゃったみたいですね。すみません」

 

「いえ、こちらこそ大きな声を出してすみません。おはようございます。トユン事務官」

 

「本日は何も変更なしですか?」

 

「ええ。予定通りです」


 

 予定表をトユン事務官に手渡し、私は早速朝一の会議で使う資料をジョシュア殿下の机の上に置いた。

 

 そしてそのまま会議室に向かい、参加する人数分の椅子が用意されているか確認する。

 欠席者がいたらすぐにわかるようにと、ジョシュア殿下が昔から私にさせている仕事の1つだ。


 

「おはようございます。セアラ秘書官。本日の会議は9名でお間違いないでしょうか?」

 

「おはようございます。ええ、9名です。……人数分揃ってますね」


 

 会議室の準備をしてくれているメイドたちにそう伝えて、資料を1つ1つ置いていく。


 

「まぁ。セアラ秘書官。わたくしたちが配りますから」

 

「これくらい大丈夫よ。それより、殿下が資料の確認にいらっしゃるかもしれないからお茶の用意をお願い」

 

「かしこまりました」


 

 ペコッと軽くお辞儀をしたメイドに微笑み返し、最後の資料を机に置く。



 

 よし。殿下のお茶も頼んだし、資料も配り終わった。

 準備完了ね。

 1つ足りない資料は今朝提出すると言われているから、あとはそれを受け取れば……。



 

 考え事をしながら振り返ると、目の前にいた人物に思いっきりドン! とぶつかってしまった。



 

 いたっ!



 

 鼻にジンジンとした痺れのような痛みが走ったけれど、それをこらえて謝罪の言葉を絞り出す。


 

「すみません。前をちゃんと見ていなく……て……」


 

 そこまで言ったとき、ぶつかった相手が誰だかわかった。

 淡い銀色のサラサラした髪、王家特有の黄金の瞳──この国の第1王子ジョシュア殿下が、目を丸くして私を見下ろしている。



 

 ジョシュア殿下!



 

「大丈夫か? セアラ」

 

「殿下! 申し訳ございません! どこか痛むところなどありますか?」

 

「俺は大丈夫だ。セアラこそ痛くなかったか?」

 

「だっ、大丈夫です!」

 

「そうか。良かった」


 

 私の返事を聞いたジョシュア殿下が、ニコッと爽やかに微笑む。



 

 うっ!



 

 美の象徴とでも言いたくなるほどに美しい笑顔を見て、私はその眩しさに目を細めた。

 

 部屋にいるメイドたちが、全員手を止めてジョシュア殿下に釘付けになっている。

 麗しい王子として名高い彼の笑顔をこんな間近で見られる女性は、王宮内といえどもなかなかいない。

 

 そんな世の女性たちの憧れの場所に立っている私は、胸をときめかせるどころか顔面蒼白で震えていた。



 

 あああ……まさか殿下にぶつかってしまうなんて!

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