インフルエンサー
yatacrow
インフルエンサー
始まりはただの悪ふざけだった――――
「すみません! 突然ですがインタビューです!! 『信号待ちの時間に、あんたナニっ考えてんのっ!?』はい、どうぞ!」
派手なジャケットのおじさんが変な抑揚つけたあとにマイクを俺に向けた。
「えっと……全ての準備を整えたので、居眠りトラックがコッチに突っ込んで来るのを待ってます」
とかましてみたが、俺はソロボッチキャンプに行くために駅に向かっているところだ。
ただ、俺に声をかけたのは最近流行っているローカル番組の人気リポーター。朝の交差点で信号待ちをしている人に一言もらって、軽く返して、という5分くらいのプチコーナーだったと思う。
「おっとと! 危ない願望のお兄さんだったー!! いやぁ、
さすがベテラン、ヤバいヤツの返しにも慣れている。ならばこれならどうだ?
「あ、願望じゃないんですよ。もちろんこんな交差点でトラックが来たら大惨事、ええ、わかってますよ。だけど、もしも今トラックが来たとき、そして僕が事故に巻き込まれたとき、そのとき僕が誰かを助けて身代わりで死んだとしたら! そのときは異世界転生の条件である善行を積んだと思いませんか?」
「ちょ!? すんごい早口ーッ!?」
目を大きく開いてのけぞるリアクション。ならばさらに畳みかけるべし!
「もちろん見方を変えれば誰かの不幸を待っているようにも思えます。トラックの運転手も社会的に大変なことになるでしょう、僕が救った人もしばらく落ち着かないかもしれない。だけど……だけど、僕は代わりに死ぬんです。文字通り命がけで皆さんを守りッ! そして、僕は異世界への切符を手に取る。ウィンウィンだと思いませんか? 【人は本気で! 覚悟を決めて! 行動すれば世の
ふぅ、最後までがっつりカメラに向かってヤベぇヤツをやりきったぜ、謎の達成感に包まれて最高だ。
「うわ、君、やりすぎぃ!? えーと、現場からは以上です!! …………君、少し時間あるかなぁ?」
このあと番組スタッフに囲まれてめちゃくちゃ説教されてしまったが、生放送中に現れた素人ヤバメンの映像はネットの海を漂うことになった。
◇
一年が経った。
放送直後はざわついていた周囲も、今は落ち着いている。
当時、就活中だった俺は、この生放送で感銘を受けたという風変わりな社長に気に入られ、無事に一般企業に就職することができた。
普通に働き、休みの日は相変わらずキャンプに行く日々を送っている。
「おい、お前〝巻き込まれ〟か? それとも〝善行待ち〟か? きちんと並べよな!」
「あ、違いますよ。僕はガチキャンパーなんで〝渡り〟です」
「む、そうか、じゃあコッチの列だな。すまんな、最近マナー違反が多くてな……」
俺と同じような……いやサバゲー寄りの格好にガスガンを装備したヤツが話しかけてきた。あの放送のあとから少しずつ増えてきた転生願望の奴らの一人だろう。
四つ角の交差点で、それぞれ似たような格好の奴らがずっと並んでいる。『一信号、一交代』と書かれたプラカードを持つ警官までいる。
〝善行待ち〟は、俺が放送のときに放った言葉を真に受けた本物のヤバい奴らが言い出した用語だ。
〝巻き込まれ〟は、高校生が異世界に勇者召喚されるときに、近くにいるサラリーマンのおっさんが巻き込まれて異世界に行く、という話から発生した疲れたサラリーマン向けの異世界行きの方法で、〝善行待ち〟の亜種としていつの間にか流行っていた。
〝渡り〟とは、単純に『信号待ち』のことだが、こういう人たち好みの返しとして、わりと認知されている言葉となった。
そう、俺の周囲は落ち着いているが、世の中はざわついたままだった。むしろ〝異世界転移/転生活動〟として若者から果ては八十すぎの爺さんまでが様々なアプローチをするようになっていた。
◇
三年が経った。俺は主任になり、年上の先輩と付き合っている。
「最近はどこも治安が良くなったって聞くけど、不気味な人が増えたと思わない?」
彼女とドライブデートのときの何気ない会話だ。
交通量の多い繁華街から通学路にある交差点、県道や国道などトラックが多そうな信号のある場所など、リュックを背負った彼らがそこかしこに立っている。居眠り運転待ちのためか、夜中にうろつく彼らは確かに不気味だった。
「ほんと、夜通し交差点に立ってる人もいるらしいし、寝不足でふらふらしてるからゾンビみたいだな。治安もそうだけど、交通事故も減ってきたし害はないんじゃない?」
生きた監視カメラとなった彼らのおかげで、空き巣や泥棒の被害が減った。そして居眠りトラックを待ちきれず、普通のトラックの前に飛び出して〝自殺転生〟を狙う一部の過激派の対策として、荒くれトラックドライバーたちが交差点や信号のあるところではスピードを落とすようになり、結果的に交通事故が減少している。
もちろん俺たち一般車両狙いの奴らもいるから、俺も安全運転を心がけている。
「そうなんだけど……」
どこか不満げに彼女はタバコを咥えた。
◇
インタビューを受けて十年、俺は付き合っていた彼女と結婚し、女の子、男の子の一姫二太郎を授かり、平和な家庭を築いている。一方、世の中では〝乙女ゲームを徹夜全クリ過労死転生〟や〝VRMMO不正アクセスからのデスゲーム転生〟を狙う者が増えたが、一番増えたのは暴漢やストーカー、コンビニ強盗が起きたときに被害者の代わりに刺されようと周囲を気にする〝自警転生〟だろうか。
自警組と呼ばれる彼らは、常に犯罪行為に目を光らせていて、第二の警察とまで呼ばれる集団になり、反社会的勢力の活動を大きく阻害するようになった。
そうなると稼げなくなった反社会的勢力の若い衆や半グレ集団の中から、鉄砲玉を志願して返り討ちにあって異世界に行く〝極道転生〟や、手当たり次第に喧嘩を売って
「パパ、人参でしゅ」
ふわふわのくせ毛の長女。瞳は彼女似のブラウンでくりくりしていて愛らしい。ぷにぷにの両手で、三本の不格好な人参を抱えて俺のところにやってきた。
「控えめに言って天使……あ、ごほん。ありがとなぁ、あー、泥だらけなっちゃったな」
「あい、泥だらけでしゅ!」
俺は会社を辞めて、ヤバい彼らも訪れないようなド田舎で家族とスローライフを送っている。
世間のニュースはウェアラブル型のメガネから得るようにして、子供たちにはメディアやネットから影響を受けないようにしている。彼らのようになってほしくないからだ。
リモートワークの発達した世の中は、パソコン一つで食べていける。俺と彼女で始めた会社はゆったりと成長している。このまま子供たちと一緒にすくすくと育てていきたい。
◇
子供らが巣立ち、結婚、出産、そして孫が一人で遊びに来れるほど、長い時が経った。俺は年老いた彼女と一緒に、のんびり田舎暮らしを楽しんでいる。
『人は本気で! 覚悟を決めて! 行動すれば世の理だって変えられる!!』『国民よ、行動しろ!』『どうか、異世界党に清き一票を!!』
最近の選挙はドローンを使うようになったらしいが、こんなド田舎では未だに自動操縦式二輪車に旗竿立てて爆走する議員候補の姿が見える。世の中にも変わらない部分があるのかもしれない。
「なあ、あの議員さんが立ててる旗竿の言葉って、爺ちゃんが言ってたって本当?」
縁側で長男の子供時代にそっくりな孫が半信半疑な表情を浮かべる。とても可愛い。
「さあて、どうだったかなぁ。──お前はどう思う?」
「うーん、わかんない。でも、爺ちゃんの言葉ってなんだか説得力があるっていうか、影響受けちゃうんだよなぁ」
まもなく思春期を迎える孫。昨今の若者は爺婆を見れば〝大往生若返り転生〟を狙いやがって! と歯噛みするのだが、うちの孫はみんな素直だ。
「そうさなぁ……」
畳にごろんと身体を倒して、頭の後ろで手を組んで見慣れた天井を見つめる。
「――爺ちゃんな、実は【インフルエンサー】ってスキルを持っとる」
あのインタビューを受けたあとに気づいた。脳内に浮かぶ【インフルエンサー】の文字とその能力に。
「ええー、爺ちゃん、もっと格好いい能力ないのかよぉ」
どうやら孫の中二心をくすぐるスキルじゃなかったらしい。結構すごいスキルだと思うんだが。
◇
「――ほんとやぁねぇ! 日本が平和すぎて善行が積めないってぼやいてばっかの若い人たちはさ、【それなら、世界に行けばいいのに】って思うわぁ。だって世界は広いのよ。困っている人たちなんていっぱいいるの。【世界は広いっ! もっと羽ばたけ若者よっ!!】……なんてね。さあ、そろそろタイムセールの時間ね。井戸端会議はおーしまいっ! 田中の奥さんは野菜コーナー、みっちゃんはお肉、私は鮮魚、いつも通りワンチームで!!」
爺ちゃんが死んで十六年、俺ももうすぐ三十路になるって頃、地元でプロ主婦をしている伯母さんが取り巻きの奥さん達にそんな話をしていたらしい。
おばちゃん達のこんな会話ですら大都会の俺のとこまで届く超情報化社会になっている。
ところで〝井戸端会議〟っていつの時代の言葉だろう。主婦層が井戸を囲んで世間話をしていた頃の言葉が、空飛ぶクルマが当たり前の今でも残る不思議。
―― fin ――
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インフルエンサー yatacrow @chorichoristar
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