塔の冒険

塔の冒険 1

 昼間のうちに、ふたりは塔の根元までたどりついた。そこでメイナは塔を見上げた。


 四角い石のブロックが延々と積み重なり、はるか上まで続いていた。また、石と石の隙間に緑色の苔や草が見えた。


 入り口には木の扉がはまり、鍵はかかってなさそうだ。


「よし、開けてみよー」


 と、メイナは近づいていった。そこで扉についた黒い輪の形の取手を引いた。錆びてざらざらとしていた。


「げー。これ、意外と重たいって!」


 すると、斜め後ろのリティが言った。


「手伝う?」

「大丈夫。いける……。ぐぬ、おお……」


 メイナは足を地面にふんばり、腰を落として、取手をひっぱった。やがて、ギシギシと軋んだ音をたてて、扉が開いていった。最後に、なんとか入り込めそうなほどは開いた。


「よし! なんとか開いたよー!」


 そう言って、メイナはいきおい岩場に倒れこむと、「うあー、手が真っ赤!」と、両手をもみあわせる。


「やるねえ。さすが」


 と、リティはメイナの肩をたたいて、塔へ近づいてその内部をのぞきこむ。


「暗くて、見えないね」


 するとメイナは、「あー。はいはい。もうさー。人遣いが荒いんだよねー。はぁ……」と、右手をうしろにのばした。そして、立ち上がりながらバックパックの横に取りつけた杖を抜く。


 それから、左手を杖の先端にかざし、「ひかり!」と唱えた。ぼうと、オレンジ色の灯りがともる。


「ん、なんて?」とリティが聞いてきた。

「え? なにが?」

「いや、ひかり、って、いま」


 するとメイナは頭を掻きながら、


「あー、なんかさ。呪文ていうか、かけ声があった方がいいかな、って思ったんだよねー。ダメかな?」

「んー。まあ、いいんじゃない? そうしたければ」

「投げやりだなー。それじゃさ、レガーダ! とかは?」

「いつも言ってるよそれ」

「そうかな? そうだねー。そっか……」


 メイナはそうぼやいて、光をはなつ杖の先を塔の内部へ差しこんだ。そうして、光に照らされた塔の内部をぐるりと見渡す。円筒の内壁がずっと上までのび、らせん階段がぐるぐると続いていた。


 右手にらせん階段の登り口が見える。その奥に、鈍く光を反射する甲冑が飾られ、剣や矛が立てかけてあった。


 そのとき、背後からリティの不安そうな声が聞こえた。


「ちょっと待って……」

「え、なに? どうしたの?」


 とメイナが振り返ると、リティは眉を寄せて、


「なにか、雰囲気とか、気持ち悪くない?」


 メイナはしばらく目をつむり、


「んー。どうだろ。わかんない」


 リティは塔の内部をぐるりと見て、


「聞いたことあるんだ。……こういう、国が造った塔とかって、警備の仕掛けがあったりするって」

「警備?」

「そう。罠とか、魔法のなにか、とか」

「そうなの? そんなの聞いたことないよー」


 メイナはすこし考えてから、


「でもさ、高いところから、周りを確認しようって、リティが言ったんじゃん」

「わかってる」

「ここまで、がんばって歩いてきたんだからさ、行ってみようよ」

 リティはうつむきかげんに、

「いや、やめておこう。別の場所を探したほうがいいよ」

「なんで? 危なかったら引き返せばいいし。そんなんじゃ、いつまでたっても、前に進めないよ!」

「その考えかたが、危ないっていうの」

「なんでなの……。こんな塔、たいしたことないのに……」


 メイナはあらためて、杖の灯りをかかげて、塔の内部を照らした。はるか頭上に、ほのかな光が見えた。屋上への扉から、光が漏れているのだろう。


「光が見えるよ! リティ、行ってみようよ……」


 そこで、リティの厳しい声がひびいた。


「だめよ。だめって言ってるでしょ」


 その言葉に、メイナの頭や顔が熱くなった。思わず声を荒げて、


「なんでよ。わけわかんない!」


 黙っているリティに、メイナは続けた。


「……あたしってさ、便利だから、利用されてるだけなの?」


 リティは顔を上げて、


「え? なんで? わたしはそんなふうに……」


 メイナはぐるりと振り向いて、らせん階段の登り口を見た。


「あたしのやることは、あたしが決める」

「やめなよ! メイナ、本気なの?」

「ほっといてよ!」


 そう言って、メイナはらせん階段に足を踏み出した。



 塔の中央は吹き抜けになっており、内周に沿ってらせん階段が続く。心細い、低い手すりから下を見ると、薄暗い塔の内部が見下ろせた。塔の入り口は開いていて、そこから一階に光が射しこんでいた。


 かびくさい空気の中、メイナは杖の灯りを頼りにらせん階段を登っていった。


 目がまわりそうだ。それに周囲の暗い光景は気味が悪かったが、そのほかはたいしたことがない感じがした。灯りの動きにあわせて、周囲の階段や柱や手すりの陰影も、ゆらゆらと動いた。


 やがて屋上の光が近づいてきた。――光は、分厚い木製の扉から漏れてきていた。


 扉にはかんぬきの横木がかけられ、それによって閉ざされていた。メイナは足をほぐしてから、杖を壁に立てかけて、横木を両手でつかんだ。


「おりゃー!」


 と、横木を持ち上げると、扉の横に投げ捨てた。


「余裕!」


 そう勝ち誇ったように言ってから、メイナは分厚い扉へ体重をかけて、押し開いていった。重たい音を立てて、扉は外へ開いてゆく。光が大きくなり、しまいに青空が見えた。


 そのとき、妙な甲高い音がした。


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