第2話 小さなことにも敏感な年頃ですから
一と朱里はそれぞれ週末にチョコを作り、今日を含めバレンタインまであと三日。教室内はいつも通り、いや、少し浮足立った空気になっていた。
去年何個チョコをもらったか聞いて回る男子、今年は誰にチョコをあげるのか聞いて回る女子、興味のないふりをして聞き耳を立てている人たち。
そんな中、一は達也と先週末のチョコ作りのことについて話していた。
「まさか一がチョコの作り方知らなかったなんてな。最初チョコをフライパンで直接焼こうとしたときは焦ったわ」
「お湯でチョコを溶かすとか調べなきゃわからないよ。よく知ってたな」
「常識だっつーの」
そうなのか?俺は全然知らなかったけど......
「そういや、お前チョコ家に持って帰ってたけど、もう食ったか?」
「えっ、いや、まだだけど。えーと、チョコ作るときに味見しすぎてちょっと飽きてな」
確かに、あの時は味見の量を超えてチョコ食ってたな。
「そういうことか。あっ、そういや今更なんだが、どこで朱里にチョコ渡して告白すればいいかな?」
「あー、それはもう心配いらない。準備できてるから」
「そうなのか、それはよかった」
どんな準備をしてきたのかは知らないけど、達也に任せときゃ大丈夫だろう。
「じゃあ、ほかに何かないか......」
「やべ、朱里が教室に戻ってきたぞ」
「えっ、マジで?」
わっ、本当だ、こっち来てる!
「この話はまた後でな」
「オッケー」
教室に入ってきた朱里は俺たちに気づいたのかまっすぐこっちに向かってくる。
そして、俺の机の前に立って話しかけてきた。
「ちょっと、さっきまで何の話をしてたの?」
「いや、別に普通の話だけど?」
「嘘、私が教室に入ってきたら二人とも話すのやめたじゃない、何か隠してんじゃないの?」
なんでこいつは無駄に勘が良いんだ。
「別になんも隠してねえよ」
「じゃあ、何話したか言ってみなさいよ!」
「だから普通の他愛もない話だって」
「嘘つかないでよ!」
「だから嘘じゃないって!」
「ちょいちょいお二人さん、少し落ち着いて」
達也が俺たちを止めに入ったとき、近くの席のクラスの男子が大きな声で話始める。
「バレンタインってさぁ」
その言葉を聞いた途端、一と朱里、両者の顔がみるみる赤くなる。
「どうして当たって砕けろの精神で告白する奴らばっかなのかな?」
グサッ!
両者にその言葉が突き刺さる。さっきまで赤かった顔は少々血色が悪くなり、少し気分が悪いように見えるのは気のせいではないだろう。
「振られたらそれまでの関係でい続けるなんて無理になるのに、なんで当たって砕けようとするのかね?」
グサッ!グサグサッ!
さらに言葉のナイフが突き刺さる。もうすでに瀕死の重体である。
「おい、そんなことより次、移動教室だろ」
「やっべ忘れてた」
そうして、次々と教室から人が出ていく。
「おい、そろそろ俺たちもいかねえと...って、大丈夫か?」
「あ、ああ、そ、そうだな、行こうか......」
「ほら、斎藤も早く」
「え、ええ、わかったわ......」
重い足取りで教室を出る二人。その背中を見ていた達也はボソッとつぶやく。
「やっぱあの二人似てるよな...早く付き合えばいいのに」
◇◇◇◇◇◇
バレンタイン当日の朝。
「なあ、ちゃんと朱里は来るよな?学校の屋上に来るよう伝えたんだよな?本当に大丈夫だよな?」
「うるさい!何回同じこと聞くんだよ、大丈夫って言っただろ?」
「ごめん、緊張してつい」
達也は「はあー」と大きなため息を吐く。
「ほんと、そんなんで大丈夫か?ちゃんと告白できるのか?」
「お、おお!大丈夫、頭の中で何回もシュミレーションはしてきたから」
「不安だなぁ」
そうこうしているうちに教室に着いた。少し早い時間に家を出たからか、教室内にほとんど人はいない。あれ、朱里がいるな。いつもはこんな時間に学校来ないのに。
(声だけかけとくか?でもなんか恥ずかしいし、けど、なんもしなかったら変に思われるかもしれないし。ああ、いつもはこんなこと考えないのに!)
あれこれ考えたが、意を決して朱里に挨拶する。
「お、おはよう」
「......ぷいっ」
(えっ......)
......無視された上に顔をそらされた?えっ、なんで?俺何かまずいことした?
「ちょっ、何、いきなり?」
「いいから、こっち来て」
俺は達也の服の裾を掴んで引っ張っていき、人目につかないところまで来る。
「まさか、さっきの朱里の反応気にしてるの?」
「ああ、声かけてたら無視されて、挙句顔をそらされたんだぞ?気にしないほうがおかしいって」
達也は頭をポリポリと掻いて、曖昧な反応をする。
「まあ、気にしないでも大丈夫だと思うけど」
「えっ、なんで?」
「なんでって言われても、あれなんだけど......ともかく気にしないでも大丈夫ってこと。俺が保証する」
「...達也がそこまで言うなら、信じようかな」
まあ、バレンタイン当日にそんなこと気にしてたら告白どころじゃないしな!よしっ、忘れよう!
俺はそうやって気を持ち直したのだった。
◇◇◇◇◇◇
一方その頃。
「なんで一にあんな反応しちゃったの...?」
朱里は落ち込んでいた。
「だ、大丈夫ですよ!南雲さんはたぶん気にしていませんって!」
「そうかな?」
「そうですよ。そもそも何であんな態度取っちゃったんですか?」
「なんかいつもより一のこと気にしちゃって、そしたら顔が熱くなって。そんな顔一に見られたくなかったからあんな態度取っちゃってたの...」
「あっ、ごめんなさい、また余計なこと聞いちゃって...」
そうして綾香も少し暗い顔になった。
「で、でも!バレンタイン当日にそんなことで落ち込んでいたら告白なんてできませんよ!気持ちを強く持ちましょう!」
「っ、綾ちゃん!そうだね、こんなことで落ち込んでちゃだめだよね!」
「そうです!」
少し元気が出てきた。なんかいけそうな気がするよ!
「頑張ってください、朱里さん!」
「うん、ありがとう!」
絶対に一にチョコを渡して、そして告白しよう!
胸の内で再度、朱里はそう決心した。
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