第38話 弱くない
きっと夜明けの一座に入れば僕の自尊心は満たされる。
今よりも悩みが少なく生きていける。
流されるままに生きていける。
クリスさんはそれでいいと言っていた。
けどやっぱり、僕はそれじゃダメなんだと思った。
「僕は弱い人間です。きっとあなたのクランに入ったら、僕は何一つ自分で決めなくなってしまう気がするんです」
こんな強烈なカリスマの前に、僕の思考は停止してしまうと思う。
生前、両親のもとで思考停止していたときと同じように、僕は何も考えなくなってしまう。
「お誘いはとても嬉しいです。入りたい気持ちもあります。
でも、夜明けの一座に入るって選択がどうしても正しいとは思えないんです。
感……ってやつですかね? すみません。答えになってませんよね」
「いや、よくわかったよ。君の直感がそう告げているなら従ったほうがいい」
直感なんて大層なものじゃない。
なんとなく……本当に、なんとなくそうしたほうが良いって思った。
それを直感というのか?
わからない。
自分らしく生きるなんてかっこいい言葉じゃないけど、流されたままはやっぱり嫌だ。
けれど、ああ、やっぱり入りたいな。
そう思ってしまうような不思議な魅力が、勇者にはあった。
「ロンド。前に出なさい」
勇者が少女を前に押し出す。
「え? わっわっと……」
僕が助けた少女が目の前にきた。
この子、ロンドっていうんだ。
初めて知った。
「え、えーっと……」
髪をくるくるとさせながら、もじもじとしている。
初めて見る反応だ。
なんだか初々しい。
ダースがロンドに向かって「がるるっ」と威嚇してるけど……。
ちょっと、ダースさん?
そういうのやめようね?
「ほら、ロンド。早くいいなさい」
勇者に急かされ、ロンドが口を開いた。
「……この前はありがとう。助かった……。それと今までごめんなさい」
頭をこれでもかってほど下げてくるロンド。
たしかに今まで散々な言われようだったな……。
「ふんっ! これに懲りたら二度とボスを馬鹿にすんなよ?」
顔は見えないけど、ロンドが萎縮してるようにみえる。
「ダース。あんまり責めないでやって」
「でもボス。こいつずっとボスのこと馬鹿にしてたんだぞ?」
「もう昔のことでしょ? それに彼女が言っていたことも間違ってないよ。実際、僕は弱かった」
はあ、とダースがため息を吐く。
「まあボスがそういならあたしからは何も言わないどいてやるよ」
ダースが口を尖らせたまま黙る。
こういうのをいちいち責めても仕方ないし。
平和的に友好的にいくのが一番だね
「それよりもロンド。君が生きてて良かったよ」
僕がいなくてもロンドは助かったかもしれない。
だって、あのあとすぐに勇者が駆けつけたんだから。
僕がなにもしなくても、勇者がロンドを助けていたかもしれない。
つまり、僕がやったのは無駄なことだったかもしれない。
無駄に命を張っただけかもしれない。
でも、僕がいたから助けられたんだ。
今はそう思いたい。
そう思うことで、少しだけいい気分になれる。
「……弱くない」
ロンドがなにか呟いた。
「え? なんて?」
彼女がバッと顔を上げてまっすぐ僕を見てきた。
「え、エソラは、弱くないから! そんなことないから! だって! だって! 私は覚えてるんだから!
私を助けてくれた! あの瞬間は忘れないからっ!」
すごい剣幕で言いまくられた。
ロンドは、はっと顔に手を当てた。
みるみる顔がトマトのように真っ赤になっていく。
夜明けの一座のメンバーが生暖かい視線をロンドに向けていた。
「そっか。うん……ありがとう」
彼女の言葉に、少しだけ救われたような気がした。
助けられなかった人がいる。
あの少年の死は変えられない事実だ。
僕だって死にそうになった。
冒険者を続けていたら、きっとまたどこかで同じ恐怖を味わうのだろう。
でも、それでも冒険者をやる意義はあるんだと思えた。
僕がやってきたことは間違ってなかったんだと思えた。
生前、何もしてことなかった僕。
何も得られずに死んだ前世。
この世界では何かできるかもしれない。
そう思えた。
そう思えたことが嬉しかった。
そう思わしてくれたロンドに感謝した。
「ロンドの言うとおりだ。エソラくん。君は弱くない。僕にはね、君が眩しく輝いてみえるよ」
「そんな……ドルフィンさん」
そんなこと言われると照れる。
恥ずかしくてきっと僕の顔もロンドと同じように赤くなってるだろう。
ダースが嬉しそうに尻尾をバタバタさせていた。
「んっ……」
ロンドが顔をそむけながら手を差し出してきた。
「今後もよろしく……エソラ」
ロンドが恥ずかしげに言った。
「うん。これからもよろしくね」
そういってロンドと握手した。
彼女の手は女性とは思えないほど硬く、僕を握る手は力強かった。
ああ、そうか。
きっと僕はロンドのことをちゃんと見てなかったんだなって思った。
僕は彼女を天才だと思っていた。
いや、天才ってことは間違いないと思う。
でも、こんなに手が硬くなりタコができるまで剣を振り続けてきたんだ。
それでもDランク。
僕はいまようやくEランク。
もっともっと努力しなきゃいけないなと思った。
僕を認めてくれた彼女に胸を張れるようになりたいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます