第36話 流されるがまま

「僕、冒険者に憧れていたんです」


 それは生前の自分。


 憧れというには、浅はかな願い。


 ただの現実逃避だ。


 表面的なことだけ言おうと思ってたけど、思いの外彼女がちゃんと聞いてくれたから、気持ちを吐露してしまった。


 自分が弱いこと。


 中途半端な気持ちだったこと。


 目の前で冒険者が死んだこと。


 奴隷たちを冒険者として働かせてること。


 僕には荷が重いこと。


 自分が何をやりたいのかわからないこと。


 気づいたら全部吐き出していた。


「僕は空っぽな人間です」


「空っぽってなんだ?」


 クリスさんが真剣な顔で尋ねてきた。


「やりたいことがないんです」


 やりたいことがないから、思いつきで冒険者やっていただけだ。


 WEB小説で見て憧れた、なんていう本当にしょうもない理由だ。


 僕はきっと、自分というものがないんだ。


「別にさ、やりたいことがなくたっていいだろ? みんながみんなやりたいことやって生きてるわけじぇねぇ。

 ほら、私をみてみろ。こんな適当な生き方してるやつだっているんだぞ?」


「クリスさんはもう少しちゃんと生きても良いと思いますよ」


「ちげぇねぇ」


 彼女ははははっと愉快に笑う。


 なんか羨ましいな。


 僕もこんな感じで何も気にせずに自由に生きてみたい。


「クリスさんはなんで聖女になろうと思ったんですか?」


「それしか道がなかったからだ」


 クリスさんがどこか遠くを見るような目をした。


「私は孤児院出身でね。

 まあ孤児院つってもクソの掃き溜めみてぇな場所だ。そこから抜け出したかった。

 たまたま聖女の適性があって、孤児院にいるより教会のほうがマシだった。

 そんで聖女になった。理由なんてそんなもんだ」


 なるほど。


 彼女にも色々あるんだな。


 いや……。


 何もない人間なんていないんだろう。


「……彼にも人生があったんです」


 ゴブリンキングに殺された、あの少年にも夢があった。


「Sランクになりたいと言ってました」


 そうか、とクリスさんは小さく頷く。


「僕はどうすればよかったんでしょう?」


「さあな。どうにもならねぇこともあんだろうよ」


 そういって彼女はぐびっとエールを飲む。


 そうだ。


 どうにもならなかった。


 僕ができることなんて限られてたし、あの場でやれることはやりきった。


 こんなこと考えても悩んでも意味がない。


 わかってることなのに、なぜこんなにも悩むんだろうか。


「軽い気持ちで考えていました。冒険者って夢がある仕事じゃないですか。

 死ぬこともあるって知ってたのに、どこか他人事みたいに思ってました」


 自分は死なないと思っていた。


 自分の周りも死なないと思っていた。


「誰かを失うのが怖いと思いました」


 身近な人が死ぬ可能性に恐怖した。


 そんな仕事を奴隷たちにやらせている。


 死ぬかもしれないとわかっていて、彼らに冒険者をさせているんだ。


 いやわかってる。


 こう考えること自体が自己満足だ。


 冒険者やらせたくないのなら奴隷から解放すれば良い。


 でもそれをしない時点で僕という人間は矛盾の塊だ。


 自己保身だ。


 わかってるからこそ気持ちが悪い。


「僕は結局、流されるように生きてるだけです」


 この世界に来て、ヤマルが死んで、目の前には奴隷たちがいて、僕が奴隷の主人で……。


 なんとかしなきゃと思って、でも流されたままじゃ嫌で、冒険者になって、一人で生きていく力を身に着けたくて頑張って……。


 でも結局は流されたままだった。


 僕には意志というものがない。


 この世界で自由に生きてみたいと思っても、自分がないんじゃどうしようもない。


「誰だってそうだろ。流されて生きてくことが悪いとは思わねぇ」


「……そう、なんですかね?」


「そりゃそうさ」


 そういって彼女はエールを飲み干した。


 この人、どんだけ飲むんだろう?


「流されながらでも自分で考えて行動したことはあんだろ?」


「まあ……はい」


「それで十分なんじゃねーの?」


「十分……なんですかね?」


 僕の好きな小説とか漫画とかの主人公は、みんな意志があった。


 それをかっこいいと思った。


 ないものねだりだったのかもしれないけど。


 自分にはないからこそ憧れた。


「やりたいようにやる。生きたいように生きる。好きなことやって死ぬ。

 そういう人生歩めりゃぁ、そりゃ楽しいだろうよ。

 でも現実はだりぃこともやんなきゃいけねぇし、しょーもねぇ人生生きなきゃいけねぇ。

 見たくないものだって見るし、聞きたくねぇもんだっていっぱい聞く」


「ははっ。生きるってなかなかに大変ですね」


「その通り! だが何も悪いことばかりじゃねぇ

 こうやって昼間っから酒飲み、若者わけぇもんに説教たれて優越感得るような、ちいせぇ幸せだってある」


「いま、優越感得てたんですか……」


 なんて人だ。


 人がせっかく本気で悩み相談してんのに……。


 ヤンキー聖女はにやって笑う。


「悩むことが悪いとは言わねぇ。悩んで答えが出ないときもあんだろ。答えを間違えることだってあるかもなぁ。

 それでも、ちいせぇ幸せみっけてくだらんことで喜んでたら、まあ悪くない人生だったって思えんだろ」


「そんなんで良いんですかね」


「まあいいんじゃねーの? 流されながらでも、そん中でやりてぇことやる。そんぐらいが気楽だろ?

 どうせ死ぬんだ。気楽に生きてこーぜ」


 ほんと、雑な人だな……。


 結局、僕の悩みの答えは出てないし。


 まあでも少しだけスッキリした感じはある。


 他人に話すって大事なのかもなって思った。


 けどやっぱり、「マスター、おかわりぃ」って酔いながら酒を頼む聖女に話す内容ではなかったかなとも思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る