第35話 お姉さんの胸を借りてみよう

 会議室を出てギルドの建物内を歩く。


 改めて、冒険者ってなんだろうと思った。


 冷静に考えて、おかしな職業だと思う。


 気が狂ってるとも言える。


 ハイリスク・ハイリターンとはいうけれど、リスクがあまりにも大きすぎる。


 常に命がけの日雇い労働者。


 そう考えると、とんでもなく割に合わない職業だと思う。


 少年が死んだ。


 あれがもし自分だったら?


 いや、自分ならまだ良い。


 もしもコハクがああなっていたら?


 ダースがそうなったら?


 考えるだけで怖い。


 ゾッとする。


 死と隣り合わせという言葉が、ここまでしっくりくる職業はそう多くないはずだ。


「はあ……」


 ため息がこぼれる。


 と、ポトポトと歩いているときだ。


「おう、少年。いいところにいた。ちょっとこっちこい」


 全身入れ墨の女性に手招きされる。


 ヤンキー聖女が、ギルドに併設された飲み屋でガブガブとエールを飲んでいた。


「あっ。ヤンキー……じゃなくてクリスさん」


 うちの前でぶっ倒れていたことがきっかけで仲良くなった女性。


 街を歩いているとたまにすれ違い、その度にうざ絡みされる。


 いっつも酔っ払ってる。


 そして今日も酔っ払ってるようだった。


 あんまり関わりたくないけど、まあ呼ばれたからには行くしかないだろう。


 この人、冒険者じゃないのになんでこんなところにいるんだろ?


 まあ、なんでもいいけど。


 ヤンキー聖女のところに行くと、「座れ」と促されたため、彼女の目の前に座った。


 それにしてもこの人、いつも露出の高い服着てるよね。


 目の前にいると、つい胸の部分に目がいってしまう。


「ごくごく」


 ヤンキー聖女がぐびぐびとエールを飲んでいる。


 いい飲みっぷりだ。


 プハーッとおっさんくさい反応をしながら、ヤンキー聖女が視線を向けてきた。


「お前も飲むか?」


「いや、いいです」


 別にこの世界では、15歳だろうとエールを飲んでも問題はない。


 でもまだそのときじゃないと思っている。


 何かをやりきったとか、何かを成し遂げたと思えたとき初めてエールを飲む。


 それっていつだよって話なんだけどね。


 いまがそのときじゃないのは確かだ。


「ちっ、なんだよつれねぇな」


 ヤンキー聖女はそういってがぶがぶとエールを飲み干した。


「マスター、おかわりぃ!」


 テーブルには殻になったジョッキが5つ、乱雑に放置されている。


 昼間っから飲み過ぎなんだよ。


 この人が本当に聖女だったのか?


 なにかが間違ってる。


 やっぱり教会の聖女認定方法って間違ってると思う。


 こんな露出高くて昼間っからエール飲んでて入れ墨まみれで仕事してなさそうな人が聖女だったなんて信じられない。


 けどまあ、信じるしかない。


 だって、この人が僕の治療をしてくれたんだから。


 重症を負った僕を治してくれたのは、どうやら彼女だと聞いた。


「改めてって言っちゃあれですけど……僕を治療してくださって、ありがとうございます」


 クリスさんがいなきゃ僕は結構危ない状況だったらしい。


 死んでいてもおかしくはなかったんだとか。


 つまり、彼女は僕の命の恩人。


「聖女だかんな。まあ、元だけど」


 元かどうかなんて僕には関係ない。


「クリスさんがいてくれて本当に良かったです」


「はっはっは、気にすんな」といって彼女は新しくきたジョッキを片手に豪快に笑った。


 そしてごくごくとエールを飲みだす。


 エールが口元からこぼれ、胸が滴る。


 この姿だけ切り取ったら、どうみても聖女には見えない。


「で、何を悩んでやがる?」


 プハーッと口を拭きながらヤンキー聖女が尋ねてきた。


 唐突な問いかけに僕は答えに窮する。


「いや別に……」


 たしかに悩みはある。


 もやもやしたものを抱えてる。


 でも、結局僕は自分が何に悩んでるのか理解できていない。


 冒険者になったこと?


 奴隷を冒険者として働かせてること?


 それとも少年を助けられなかったこと?


 よくわからない。


 ヤンキー聖女が僕を見た。


「私はこうみえても聖女だった。神に告白するつもりで、溜めてるもん吐き出してみたらどうだ?」


 こうみえても、と言ってる時点で彼女も自分が聖女っぽくないってことを理解してるんだ。


 そもそも聖女っぽさってなんだって話だろうけど。


 もっというと聖女ってなんだって話だ。


 聖女がどういう役割でどういうふうに認定されてるのか、僕は全く知らない。


 恵みの教会がどういう組織なのかも知らない。


 まあ、そこらへんはおいおい知っていこう。


 彼女の言う通り、誰かに吐き出すのもありな気がした。


 それに、この世界で本音を明かせる相手がいない。


 ダースやコハクに言えることでもないし。


 少し離れた距離感の、こういう人のほうが言いやすいこともあると思った。

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