第32話 魅入られてしまった

「なあ、****! 遊ぼーぜ!」


「ご、ごめん。勉強があるから」


「チッ。ほんと、付き合いわりーよな」


「うん……ごめん」


 そういって少年が僕の前から去っていった。


 彼の名前はなんだったんだろうか?


 思い出せない。


 いつもの帰り道を使って家に帰る。


「ただいま」


 広い家だ。


 でも誰からの返事もない。


 いつものことだ。


 僕は自分の部屋に入った。


 殺風景な部屋だ。


 漫画はすべて捨てられた。


 もちろん、ゲームもない。


 代わりに、机にはビジネス本、自己啓発本、参考書が並べられている。


 窮屈な部屋。


 僕の世界はここで閉じている。


 バタッとベッドに突っ込み、うつ伏せになる。


 抜け出したい。


 こんな生活抜け出してもっと自由に生きたい。


 スマホを取り出した。


 最近渡されたものだ。


 位置情報を共有され、これによって僕はまっすぐ帰宅することを強制させられている。


 僕を管理するための代物。


 ベッドで横たわり、プライベートモードでネットサーフィンする。


 なにかおもしろいものを読みたい。


 WEB漫画はダメだ。


 万が一読んでいるところを見られたら、おしまいだ。


 今度はもっと厳しい管理がされるようになる。


 だから読むのはWEB小説。


 小説なら最悪見つかったとしても言い逃れできる。


 僕がいまはまってるのは異世界転生系の小説だ。


 何の変哲もない主人公が異世界にいって神様からチート能力もらって活躍する。


 そして冒険者として異世界を自由に冒険する。


 僕もこうなりたいと思った。


 でも、現実は退屈で窮屈で息が詰まる。


 ごろっと体を動かし、仰向けになる。


 白い天井が見えた。


 ここを抜け出したい。


 ああ、異世界にいきたい。


 もっと自由に生きたい。


 冒険者になって活躍したい。


 いや、待てよ。


 冒険者ってそんな簡単なものじゃない気がする。


 魔物と戦うんだし、人が死ぬことだってある。


 それでも僕はここから抜け出したいのか?


 ここは死ぬほど窮屈だけど、死ぬことはない。


 安全地帯だ。


 ここを抜け出して危険に飛ぶこむ理由がどこにある?


 いやいや……。


 あくまでも仮定の話だ。


 仮に冒険者になったらって話で、冒険者なんて現実世界にあるわけじゃない。


 そんな職業存在しない。


 あれ?


 そうだっけ?


 冒険者ってほんとにないんだっけ?


 たしか僕は冒険者登録した気がする。


 どういうことだ?


 僕は最近冒険者になって……。


「ん……んん……」


 ゆっくりと意識が覚醒した。


 あれ?


 なんだろう?


 頭がぼんやりする。


 なにか夢を見ていた気がする。


 よく思い出せない。


 でもまあ夢ってそういうものか。


 目を開けると天井が見えた。


 一瞬ここがどこだけわからなくなる。


 僕の……家?


 たしか前にもこんなことがあった。


 そうだ。


 この世界に転生したときのことだ。


 転生っていうより、前世の記憶が蘇った瞬間。


 あのときと同じ感覚だ。


 そういえば、あのときも魔物に襲われたんだっけ?


 この世界、やっぱり危険だなと思う。


 こんなに頻繁に強力な魔物が出るなんて、やばい世界だよね。


 にしても、


「ゴブリンキングか……」


 普段、森の浅いところで出るような魔物じゃない。


 かなり深いところ、それもAランク以上の冒険者でしか行けないようなところに生息しているはずだ。


 あんなところにいて良い魔物じゃない。


 ゴブリンキングは単体でも十分危険だが、一番厄介なのは群れを統率する力があるということ。


 今回のゴブリンの動きが統率されていたのも、きっとゴブリンキングの力だろう。


 でもゴブリンキングが率いる群れはあんなレベルじゃない。


 そう思えばラッキーだったのかもしれない。


 まあ、あのゴブリンキングをみてラッキーだとは思えないんだけど。


「こんなのが日常茶飯事なのか……」


 まあ、今回のはイレギュラーだろう。


 さすがにちょっと森を歩いてAランクの魔物にぽんぽんと出会ってたら命がいくつあっても足りない。


 冒険者の死亡率もとんでもないことになっているはずだ。


 なにはともあれ、あんな状況で助かったのは奇跡だろう。


 ……ほんと、よく助かったよね。


 かなり重症だった気がしたんだけど。


 よっと体を起こす。


 体の痛みも綺麗サッパリ消えていた。


 すごいな……。


 おそらく治癒魔法をかけてもらったんだと思う。


 でなきゃ、こんなに早く治らない。


「僕も治癒魔法覚えたいなぁ」


 治癒魔法は魔法の中でもちょっと特殊らしい。


 魔法はイメージによって成り立つけど、人間の複雑な体をイメージで治すなんて不可能に近い。


 というか無理だ。


 そこで神の力を借り、このイメージを補ってるんだとか。


 だから神を信じる聖者は治癒魔法を使えるんだって。


 僕も神を信じようかな。


 まあ信じる者は救われるって聞くしね。


「よっと」


 布団から出て立ち上がる。


 うん、体に異常はないようだ。


 後遺症とかも今のところ感じられない。


 あんな重症を負った後なのに、こうして何事もなく歩けるだなんて、つくづく魔法は不思議だと思う。


 まさに奇跡の力だ。


 こんな奇跡が起こせるなら、ゴブリンキングに殺された冒険者も生きているかもしれない。


 いや……それはないか。


「……はぁ」


 ああ、そうだった。


 人が死んだんだ。


 僕の目の前で死んだ。


 人間ってあんな感じに潰れるんだ……。


 今でもあの瞬間が鮮明に蘇る。


 骨が砕け、皮膚が裂け、体が押しつぶされる音。


 思い出すだけで鳥肌が立つ。


 何より、少し話しただけとは言え、知ってる人間が死んだんだ。


 魔法で人を治癒することはできても、蘇生はできない。


 人が死んだら終わり。


 僕のように転生するなんて稀なことだと思う。


 この世界の死は前世よりもずっと軽く、身近だ。


 それを思い知らされて気分だ。


 改めて思う。


 冒険者というのを甘く見ていた。


 憧れなんて軽い理由で選んで良い職業ではない。


 別に本気で冒険者をやりたかったわけじゃない。


 他の選択肢を知らなかった。


 他にやりたいことがなかった。


 それしか知らなかった。


 自由に生きてみたかった。


 そう思ってとりあえず冒険者を選んだ。


 呆れるほど短絡的な思考。


 僕は馬鹿だ。


 それでも、僕はきっと冒険者を続けると思う。


 あの興奮を、高揚を忘れられない。


 命をかけたギリギリの戦いでこそ、命は輝きを増す。


 魅入られてしまったんだ。

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