第31話 ロンド
――ロンド視点――
2年前のことだ。
私の住んでいた村が山賊に襲われた。
村の人たちが次々と殺されていった。
村は壊滅。
私は山賊共に捕らえられた。
見た目が良く売れると思われたのだろう。
村でのんびり過ごしていただけの私にやれることなどなかった。
逃げ出す手段も思いつかないし、たとえ逃げ出せたとしてもまた捕まってしまうだろう。
このまま奴隷として生きていく。
暗い未来しか見えなかった。
そんな絶望の最中、勇者が現れた。
勇者、ドルフィン。
当時の無知な私でも名前を知っている人物だ。
村で行商人から何度も勇者の活躍を耳にしていたからだ。
勇者は、本当に勇者だった。
かっこよくて、勇ましくて、噂通りの……いや、噂以上の人だった。
勇者はいとも簡単に山賊グループを葬り、私を助けてくれた。
でも、私には帰る場所がなかった。
家族も親戚も知り合いも、村そのものもなくなっていた。
勇者が私の話に涙した。
私も泣いた。
ぼろぼろと延々と泣き続けた。
一人になってしまった私を、勇者が引き取ってくれた。
そして私は夜明けの一座に入った。
私には剣の才能があったようで、2年で冒険者ランクをDまで上げることができた。
今まで一度も剣を握ったことのない私がこの短期間でDランクまで上げたことを、勇者はすごいと褒めてくれた。
それでも私には物足りなかった。
私の憧れは勇者だ。
私の目標は勇者に並ぶ強さを持つこと。
勇者に頼られることだ。
こんな自分じゃ全く役に立たない。
救ってくれた勇者のためにもっと力をつけたかった。
強くならなきゃいけなかった。
2年間全力で頑張ってきたけれども、未だに夜明けの一座の中では一番弱かった。
メンバーからはまだ子供扱いされる。
やめて。
私を子供扱いしないで。
そういうと男たちに笑われた。
無償に腹がたった。
弱い自分に嫌気が差した。
嫌いだ、嫌いだ、全部嫌いだ。
なんで私はこんなにも無力なんだろう?
はやく強くなりたい。
そんなとき、とある少年が夜明けの一座に乗り込んできた。
名前はエソラ。
自分では何もせずに奴隷たちを働かせてる少年。
自分一人では何もできない少年。
甘ったれた少年。
私の一番キライなタイプだ。
はじめて見たときから気に食わなかった。
どうせなんの苦労もしてないんだろう。
へこへこと気色の悪い笑みを浮かべながら、夜明けの一座に入りたいと言ってきやがった。
入れるわけがないと思った。
遊び半分で冒険者やってるやつが何を呑気なこと言ってんだと思った。
エソラを見るとむしゃくしゃした。
それから何度かエソラを見かけた。
いつもエルフと獣人を側に連れていたからすぐにわかった。
Fランクのくせに魔物討伐をしていた。
どうせ遊び感覚なんだろう。
Dランクの奴隷二人を連れて、ゴブリン討伐だなんて舐めてるとしか言いようがない。
弱いくせにいい気になってるのが気に入らなかった。
「気に食わない」
何も苦労したことがないような顔が気に食わない。
私は豆が潰れた手を見る。
手のひらにタコができ皮膚が厚くなり硬くなっている。
もう女の子の手じゃない。
剣士の手だ。
私はこんなに頑張ってると言うのに、弱いくせにへらへらしてるエソラが気に食わなかった。
目障りだった。
エソラのことなんてどうでもいいはずなのに……。
はやく強くなりたかった。
ここ最近、自分の成長が遅いと感じていた。
なかなかCランクに上がれない。
「お前の剣は重さが足りねぇ」
クランメンバーにそう言われた。
「鋭さも足りねぇな。ただ速いだけだ。
よぇーやつにはそれで十分だろうがよ、この先それじゃ通用しねーな」
たしかに私の剣は速いだけだ。
速さだけが取り柄だった。
私には一つ、どうししても忘れられない剣筋がある。
勇者が私の前で山賊を斬ったときの一閃。
今でも鮮明に思い出せる。
目に映ったのは、一瞬の閃光。
耳に届いたのは、剣が空を裂く微かな風音。
山賊は斬られたことすら気付かないような表情を浮かべていた。
その一閃はただ速いだけにあらず。
その一閃はただ力強いだけにあらず。
その一閃はただ上手いだけにあらず。
その一閃はただ鋭いだけにあらず。
ただ純粋に美しかった。
私はあの剣筋に心奪われた。
あのレベルまで到達するのにどれくらいかかるのだろうか?
一生到達できないのではないか?
そう考えてしまうほどに、勇者の剣は遠く、私には眩しかった。
考えれば考えるほど剣が鈍くなり、遅くなり、脆くなった。
「ねえロンド。君の求める強さってなんだろうね?」
私が壁にぶち当たってるとき、勇者が私に声をかけてくれた。
「ドルフィン様のような強さです。誰にも負けない強さが欲しいです」
「はっはっは。俺でも勝てない相手はいるよ」
Sランク冒険者の
そんな想像外の人外ではなく、目の前にいるドルフィンのように強くなりたかった。
勇者の隣に立ち、勇者の役に立てる人間になりたかった。
「何もかも圧倒できる強さが欲しいんです」
そういうとドルフィンは笑った。
「それも一つの強さだね」
わからなかった。
それ以外に強さがあるとは思えない。
だって私がもしドルフィンのような強さがあれば、村を山賊共に蹂躙されることもなかった。
結局必要になるのは、誰にも負けない強さだ。
圧倒的に強ければこの世界はもっと生きやすいはずだ。
強くなければ踏みにじられるだけ。
「私にはそれだけあれば十分です」
他にどんな強さがあるかはわからないけれど、役に立たない強さなんていらない。
私はただ純粋に敵を倒せる強さが欲しかった。
それからも私はがむしゃらに魔物を倒し続けた。
ある日、ゴブリンの群れを見つけた。
数は10を超えてはいたが、この程度なら問題なく倒せる。
けど、少し不自然な気もしていた。
浅い森でこの規模のゴブリンの群れと遭遇することはめったにない。
本当ならもう少し慎重に動く必要があったかもしれない。
でも私には焦りがあった。
少しでもはやく強くなりたかった。
それにゴブリンなら簡単に倒せる。
もう何度も戦ってきた相手だ。
ゴブリン相手に遅れを取ることはないだろう。
そういう慢心があった。
そんな私を嘲笑うかのようにやつが現れた。
ゴブリンキングだ。
勝てないと思った。
逃げる暇すら与えてくれなかった。
一瞬で私は気絶させられ、目が覚めたときには体を縛られて捕まってしまっていた。
ゴブリンに捕まった者の末路は悲惨だ。
四六時中犯され、ゴブリンの子を産まされ、使い物にならなくなったら殺され、食料にされる。
想像しただけで吐き気がした。
また奪われる。
私が弱いからだ。
いつだって私は奪われる。
奪われ続けるのは私の人生なのか。
そんなのあんまりじゃないか……。
「んんん……ッ」
必死に抵抗しようにも、体に力が入らなかった。
嫌だ……。
誰か、助けて……。
そう願ったときに、彼が現れた。
エソラだ。
私が散々バカにしてきた少年だ。
エソラと目があった。
いつもの、愛想笑いばかり浮かべた弱々しい目じゃない。
真剣で凛々しく、力強い目をしていた。
エソラはFランク冒険者だと言うのに、果敢にゴブリンの群れに立ち向かっていった。
もちろん、そこにいたのはエソラだけではない。
奴隷の少女たちもいた。
でも私はエソラから目が離せなかった。
Fランク冒険者で弱いはずなのに立ち向かっている姿が目に焼き付いた。
ただの無謀とも違う。
臆病で体を震わしてる少年が、私を助けるために勇気を振り絞っていた。
「ぁ……」
そうか。
こういう強さもあるんだと気付いた。
私は強さを求めていた。
その強さは暴力的な強さ。
誰であろうとねじ伏せられるような強さ。
でも、強さはそれだけじゃなかった。
私はエソラの中に強さを見つけた。
誰かを守るための強さ。
意志の強さ。
「燃え盛る炎の精霊よ、いまここに顕現せよ。サラマン」
エソラの放った炎がかつてないほどに輝いてみえた。
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