第30話 勇者

――コハク視点――


 ああ、やっぱり……。


 ゴブリンキングがやって来たとき、私はなぜか納得していた。


 いつかこういう日が来ると思っていた。


 私の周りにはいつも不幸が降り注ぐ。


 私はそういう体質なのだろう。


 今回の出来事も、きっと私が引き起こしたことだ。


 御主人様には悪いことをしたと思っている。


 私と出会わなければ、こんな目に会わなかっただろうに。


 私と出会わなければ彼の父親も死ぬことはなかった。


 彼をこんな目に遭わせたのは、すべて私の責任だ。


「……ッ」


 御主人様が重症を負っていた。


 Fランクなのに少女を救おうとした。


 Fランクなのにゴブリンキングに立ち向かった。


 その結果、死にかけている。


「なんで……」


 私が一人殺されるのなら全然良い。


 もう十分だった。


 いつも思うことがある。


 最初に私が死ねばよかったんだ、と。


 私が醜く生き続けたことで多くの人を不幸にした。


 私は害悪なのだ。


 でも、これでやっと終われる。


 ゴブリンキングに殺されて終わる。


 それでいいんだ。


 それなのになぜ……こんなにも苦しいのだろうか?


「燃え盛る……炎の精霊よ」


 詠唱が聞こえてきた。


 御主人様だ。


 御主人様が今にも死にそうな、掠れた声で詠唱を唱えていた。


「いまここに、顕現せよ……」


 無理だ。


 なにやっても敵わない。


 何をやっても無駄だ。


 ゴブリンキングは玩具を見るような目で御主人様を見ていた。


 格が違う。


 戦いにすらなってない。


 御主人様が詠唱を唱えているというのに、ゴブリンキングはニヤニヤと嗤っているだけだ。


「サラマン――」


 御主人様の使える魔法では、ゴブリンキングに傷一つつけられない。


 そんなのわかりきっている。


 なのに、なぜ抗おうとするのか?


 理解できなかった。


「――二重唱デュエット


「――――」


 私は驚きのあまり、目を見開いた。


 御主人様は魔法の重ね合わせ――二重唱デュエットを完成させた。


 まだ魔法を覚えて間もない少年が扱えるものじゃない。


 魔法技術に長けていると言われるエルフでも二重唱デュエットを扱えるようになるには相当な時間を有する。


 一生かけても使えない者もいるほどだ。


 そんな高度な魔法を御主人様はやってのけた。


 惜しい。


 こんなにも才能豊かな少年が、こんなところで死んでしまうのが惜しいと思った。


 死んでほしくないと思った。


 魔法技術どうこうではなく、御主人様には生きていてほしいと思った。


「――――」


 先程までニタニタと嗤っていたゴブリンキングが、一瞬だけ焦ったような顔をした。


 その直後、ゴブリンキングが灼熱に包まれた。


 炎は眩しいほどに輝いていた。


◇ ◇ ◇


 ははっ。


 ああすっきりした。


 もう体は言うことを聞いてくれない。


 でもやれることはやった。


 これ以上、もう僕にはどうしようもない。


「がああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ゴブリンキングが咆哮を上げた。


 どうやら死ななかったようだ。


 まあ当然だ。


 僕が出せる正真正銘の最強の一撃だったけど、Aランクの魔物を倒せるほどじゃない。


 わかりきっていた。


 でも、何もやらずに死ぬなんてまっぴらごめんだ。


「がぁ……くっふっ……」


 血塊を吐く。


 ドバっと血が大地を濡らす。


 僕の死期は近いようだ。


 けど、


「少しは……うん……。効いたようだね」


 やつの気色悪い笑いを憤怒に変えることができた。


 ゴブリンキングの体がチリチリと焦げている。


 十分、ダメージを与えられたようだ。


 馬鹿にしていた人間からの一撃はどうだ?


 ゴブリンキングが怒りの形相で睨みつけてきた。


 ニヤケ面が取れてよかった。


 これは遊びじゃない。


 命をかけた戦いなんだ。


「ぁ……」


 いま、僕の中で何かが駆け巡った。


 天啓のような、なにか。


 脳を揺さぶられるような衝撃。


 ははっ。


 そうか。


 これが命をかけた戦いか……。


 やっぱり僕は冒険者を舐めていたのかもしれない。


 この最高にスリリングな狂気こそ、冒険者だ。


 小説なんかじゃあ絶対に味わえない。


 前世でも絶対に味わえなかった。


 命をベットし、血と狂気に身を捧げ、狂騒に酔いしれる。


 酒よりもずっと美味で中毒的で、美女よりもずっと美しく蠱惑的だ。


「――――」


 ゴブリンキングが何やら叫んでいる。


 でも、僕の耳には届かない。


 意識が朦朧としている。


 ゴブリンキングが踏み込んだ――瞬間。


 消えたように見えた。


「……っ」


 一瞬だ。


 一瞬でゴブリンキングが僕の目の前に来ていた。


 やつが棍棒を力任せにふろうとしているのが見えた。


 ああ、ダメだ……。


 これは完全にダメなやつだ。


 さっきの一撃とは比べ物にならない。


 本気の一撃だ。


 ゴブリンキングは本気で僕を殺ろうとしていた。


 目は閉じなかった。


 閉じる暇がなかった。


 次の瞬間には、体がぐちゃぐちゃになる自分の姿が想像できた。


 終わりはあっけなく訪れる。


 前世も、そしてこの世界でもそうだ。


 そう確信した――。


「――――」


 だけど、棍棒が僕に当たることはなかった。


「やあ」


 優しい青年の声が耳に入った。


 直後、ドォォンと音がした。


 ゴブリンキングが目の前から消えた。


「エソラくんであってるかな? どうやら間に合ったようだね」


 代わりに、僕の前には金髪の青年がいた。


 青年が振り返り、人を安心させるような笑みを浮かべた。


 この人が誰かはわからない。


 でも、言葉から察するに僕を助けにきてくれたんだ。


 僕が女だったら、まず間違いなく惚れていた。


 この人、なんていうタイミングで現れるんだ。


 男でも惚れてしまう。


 青年が僕の頭をぽんぽんと叩き、正面を向いた。


「いや、少し間に合わなかったのかな」


 彼は眉を寄せる。


 その視線の先に肉塊となってしまった少年がいた。


「すまない」


 そういって青年が軽く黙祷をする。


 何が起こったのかは見えなかったけど、きっとこのひとがゴブリンキングをふっとばしたんだ。


 地面がえぐり取られ、その先にゴブリンキングがいる。


 ゴブリンキングが体を起こし、こちらを睨んできた。


「ガァァァァァァァァ――!」


 身を縮ませるような咆哮。


 でも、なぜかいまは全く恐怖がなかった。


 きっと、この金髪の人のおかげだろう。


「大丈夫。俺が来たからにはもう安心だ」


 彼の言う通り、僕はもう安心しきってしまっている。


 なぜかはわからないけど、この人が負けないような気がした。


「――――」


 直後、大地を抉る爆音と、風が塊となってぶつかってきたような爆風を肌で感じる。


 ゴブリンキングが突撃してきたんだ。


 そして両手で巨大な棍棒を振り下ろした。


 だがしかし、


「……ッ!?」


 ゴブリンキングが目を見開く。


 僕もきっと同じような顔をしていたと思う。


 金髪の青年が素手で、それも片手で棍棒を受け止めていた。


 ドンッ、と大地に穴があく。


 それでも青年は涼しい顔をしていた。


「重たい一撃だ。でも、それだけとも言える」


 青年はそういって、ひょいっと棍棒を押し戻した。


 それによってゴブリンキングの態勢が後ろに崩れる。


 あまりにも軽々とやるものだから、ゴブリンキングがまるで道化のように自ら倒れかかってるように見えた。


 そして、次の瞬間――。


「――――」


 青年が鞘に収めていた剣を抜き――横一閃。


 一瞬だった。


 ドォンと音とともに、ゴブリンキングが倒れた。


 体がへそを堺に、綺麗に真っ二つに分かれていた。


 ゴブリンキング相手にここまでできる冒険者なんて、世界を見渡してもそう多くない。


 冒険者の街でいっても、片手で数えられるほどだ。


 彼が誰なのか。


 僕は見当がついていた。


 Sランク冒険者、夜明けの一座団長、勇者ドルフィン。


 いまこの冒険者の街で最も勢いのある人物だ。


 その名に違わぬ勇者のような振る舞いに、僕は見惚れてしまった。


 良かった。


 助かった。


 これで一安心だ……。


「ごっ……ぁっ……」


 ごぼっと吐血する。


 いや、全然安心できる状況ではない。


 ダメだ……。


 もう意識を保つことができない。


 でも、最後にやらなきゃいけないことがある。


「かれ……を……」


 僕は指差す。


 そこにはあの新人冒険者がいる。


 ゴブリンキングに殺された少年。


 僕では何もできなかった。


 だからせめて、


「……弔って……ください」


 これは自己満足だ。


 だけど、あんな無惨な姿で放置されるのはあんまりだと思った。


 もしこのまま僕が死ぬようなら、一緒に弔ってほしかった。


 でも、それを言うと本当に死んじゃいそうで嫌だった。


「もちろん」


 勇者は力強く真剣な表情で頷いてくれた。


 その言葉を聞いて、僕は意識を手放した。

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