第29話 二重詠唱

 現状を理解すると同時に、


「……うぉぇ……」


 嘔吐した。


 人が死んだ。


 目の前で死んだ。


 あっけなかった。


 あまりにもあっけなく人が死んだ。


 トマトがぐちゃりと潰れたように、人が潰れた。


 トマトよりも複雑な音を立てて、人が押しつぶされた。


 冒険者をやっていれば人が死ぬのは当たり前。


 厳しい世界だと理解していた。


 理解したつもりになっていた。


 軽い気持ちで冒険者やっていたわけじゃない。


 僕なりに本気だった。


 でも、こんな簡単に人が死ぬなんて思わなかった。


 そんなことWEB小説には書いてなかった。


 ……いいや、違う。


 ここは現実だ。


 僕は知っていたはずだ。


 命が唐突に奪われることを……。


 前世でも僕はあっけなく死んだ。


 人は死ぬ。


 死ぬときはあっさり死ぬ。


「……っ」


 カタカタ、と震える手を抱え込む。


 次、死ぬのは自分だ。


 死が目の前に迫っていることを理解した。


 理解させられた。


 一度死んだ身だけど、死が怖くないわけがない。


 もう一回死んだら転生はできないと思う。


 いや、たとえ転生できたとしても死にたくなんてない。


 あの恐怖をもう一度味わうなんて嫌だ。


「ふぅ……」


 大きく息を吸い、吐く。


 大丈夫、僕は冷静だ。


 思った以上に冷静だ。


 ゴブリンキングがニタァと気味の悪い笑みを浮かべて僕を見てきた。


 次はお前だ。


 そう言ってるようにみえた。


「……ッ」


 死にたくない。


 集中しろ。


 いま僕が放てる最大限の魔法を放ってやる。


「――――」


 突如、何かが飛来してきた。


 なんだ?


 大きな木の棒?


 こん棒だ。


 なんで?


 ああ、そうか。


 ゴブリンキングが投げたんだ。


 避けなきゃ……。


 やけに棍棒の動きがスローモーションに見えた。


 でも、避ける暇なんてなかった。


「く……ッ……!?」


 ゴブリンキングの一撃を食らう直前、僕はとっさに左肩を引き、体を半身にした。


 これが意味のあることかはわからなかった。


 でも、それくらいしかやれることが思い浮かばなかった。


 幸運なことに僕はまだ生きている。

 

 けど、左肩を中心に、血がドバドバと出ている。


 なんでまだ生きているのかわからないような状態だ。


 左腕がぐちゃぐちゃで感覚がなくなっている。


 口からはひゅぅひゅぅと掠れた息が漏れる。


 肺をやられているんだろう。


 ゴブリンキングがニタァと笑みを浮かべていた。


 愉しそうに嗤ってやがる。


 ああ、そうか……そういうことか。


 なるほど理解したよ。


 僕が生きてるのは幸運だったからじゃない。


 ただ遊ばれていただけだ。


 ほんとは殺せるのに殺さなかったんだ。


 理由?


 そんなの決まってる。


 僕がこうして絶望する姿を見て愉しんでるんだ。


 それがゴブリンという生き物。


「がはっ」


 ことり、と口から血塊が落ちる。


 意識が朦朧としてきた。


 感覚がない。


 これでまだ死んでないのが驚きだ。


 少なくともエソラ体は前世の僕のよりも強靭らしい。


 そんなこと今知っても仕方ない。


 冒険者としてもっと色んなことしたかったな。


 この世界をもっと楽しみたかった。


 せっかく異世界に転生したのにもう終わりかよ。


 そんなのあんまりじゃないか。


 この世界は前世よりもずっと過酷かもしれないけど、僕は好きだった。


 生きてるって感じがした。


 前世じゃ感じなかったことだ。


「……」


 ゴブリンキングがニタニタと嗤ってやがる。


 ああ、くそっ。


 あの醜悪な顔を歪めてやりたい。


 ぶっ殺してやりたい。


 最後にひと泡吹かせてやらないと気がすまない。


 おい、ゴブリンキングよ。


 人間舐めるなよ?


 僕を舐めるなよ? 


「――――」


 僕には2つの魔核がある。


「燃え盛る……炎の精霊よ、いまここに、顕現せよ……。サラマン――」


 右手から同時に2種類の炎が出現した。


 これらをやつにぶつけたところで無意味だ。


 ノーダメージだろう。


 ならば、もっと濃く強くする必要がある。


 魔法の重ね合わせ――多重詠唱。


 練習では一度もできなかった。


 でも、いまならできる気がした。


「――二重唱デュエット


 2つの炎が綺麗に重なり、一つとなった。


 それによって膨大なエネルギーが生まれた。


「――――ッ」


 直感でわかった。


 このままでは爆発する。


 制御しきれない。


 自分の魔法で焼かれ死ぬことになる。


 でも、制御する必要なんてない。


 これをぶっ放すだけだ。


 右手をゴブリンキングに向ける。


 そして、


「死ねや……クソ野郎」


 手のひらから熱が離れていく。


 まるで自分自身の一部が離れていくような、そんな感覚だ。


 魔力がぐぐっと失われたのがわかった。


 膨大なエネルギーが放出され、少しの脱力感と興奮を覚えた。


 僕はいま、ひどく高揚している。


 宙を燃やし尽くしながら、炎がゴブリンキングに向かって進んでいく。


――どごぉぉぉぉん


 炎がゴブリンキングに直撃し、轟音とともに煙と灰と土埃が舞い上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る