第28話 あまりにもあっけない死
ゴブリンよりも遥かに大きく、薄汚い緑色の魔物がいた。
どこかで見たことがある。
ああ、そうだ。
冒険者ギルドの討伐依頼にあった。
たしか……。
「……オーガ」
オーガが巨大な棍棒を2つ、右手と左手それぞれで持っている。
あんなので殴られたらひとたまりもないだろう。
くそっ……。
冗談じゃない。
オーガなんて相手にできるわけがない。
なんで今まで気が付かなかったんだ?
こんな強烈な存在感に気が付かないなんてことあるのか?
いや、そもそもなんでオーガが出たことが報告されてないんだ?
いやいや、そもそもなんでこんなところにオーガがいるんだ?
オーガなんて森の浅いところに出るような魔物じゃない。
勝てる勝てないなんて次元じゃない。
逃げられるかどうかも怪しい。
オーガはBランクの魔物。
コハクやダースでも無理だ。
ほんとになんでこんなところにいるんだよ……。
「ふしゅうぅぅ」
オーガが口から息を吐きながら、ゆっくりと近づいてきた。
「……っ」
くっ。
なんでだよ。
なんで足が動かないんだよ……。
コハクの顔が視界に入る。
少し離れたところにコハクがいる。
こんなときもコハクは無表情だった。
何を考えてるのかわからない。
「……ゴブリンキング」
コハクが呟き、僕は目を丸くした。
「え……?」
いま、コハクはなんて言った?
ゴブリンキングだって?
いやいやいやいや……え?
だってゴブリンキングって、ゴブリンの王様だよ?
こいつがオーガじゃなくてゴブリンキング?
そんなのもう……どうしようもないだろ……。
ゴブリンキングはAランクの魔物。
Bランクでも無理なのに、Aランクだなんて……。
ははっ、笑えてくる。
全然愉快じゃないけど。
まあ、オーガだろうとゴブリンキングだろうと、どっちにしろ僕では到底敵わない相手だ。
絶対絶命。
はははっ。
なんでだろう。
なんでこんなことになったんだろ?
安全第一で動いていたつもりだ。
運が悪かったからか?
いや、違う……。
僕は甘く見ていた。
冒険者というものを甘く考えていた。
WEB小説でみた冒険者はもっと楽しそうだった。
みんなワクワクするような冒険をしていた。
自分もそんな冒険者になりたいと思った。
冒険者になれば、無力な自分を変えられると思った。
違ったんだ。
僕はいつまで経っても僕のままで、生まれ変わったとしても、生まれ変わったように生きることなんてできない。
ゴブリンキングを前に、僕の足は子鹿のようにぷるぷると震えている。
逃げ出したいけど、逃げ出すことができない。
一歩ずつ、ゴブリンキングが近づいてくる。
そのたびにゴブリンキングの存在が大きくなってくる。
どくどく……。
心臓がうるさく鳴り響く。
ゴブリンキング、大きすぎるでしょ。
見上げるほどの巨躯。
なんだよ、こいつ……。
ほんと、なんでこんなところにいんだよ。
場違いなんだよ。
僕と同様に、コハクも動きを止めていた。
ゴブリンたちですら微動だにしていない。
まるでときが止まった中、ゴブリンキングだけが動いているようだ。
ゴブリンキングは僕ではなく、コハクに向かって歩いていた。
「御主人様。私を囮にして逃げてください」
僕は首を横にふる。
「そんなこと……できるわけないでしょ……」
他人を犠牲にして生きられるほど、僕は強くない。
臆病なんだ。
ああ、ちくしょう。
考えても仕方ない。
足が動かないのも仕方ない。
やるしかないんだ。
僕がやるしかない。
覚悟を決めよう。
僕は小さく息を吸い、ゴブリンキングに右の掌を向けた。
「燃え盛る炎の精霊よ、いまここに顕現せよ。サラマン」
ゴブリンキングに向かって火魔法を放つ。
「――――」
火の塊がゴブリンキングに直撃――。
我ながらいい一撃だったと思う。
だけど、
「……ッ」
くそっ。
全然効いてない……。
わかっていた。
こんなんじゃ全然ダメだって。
「ぐがっ」
ゴブリンキングがニィっと大きな口を開けた。
ゾワッ。
身の毛がよだつような笑いだ。
嗜虐的な笑みだ。
背筋が粟立つような感覚を覚える。
ははっ。
震えが止まらないや。
ゴブリンは残虐な生き物と聞く。
それはゴブリンキングであっても同じ……。
むしろゴブリンキングのほうが知恵がある分、より残虐かもしれない。
僕はゴブリンキングに震えてる手のひらを向けた。
と、そのとき――。
「う、うわあああああああ!?」
突如、悲鳴が聞こえてきた。
な、なんだ……?
「あああ。嫌だ、嫌だ! あああああああああ! やだあぁァァァ!」
さっきまで昏倒していた少年が起き上がっていた。
そして錯乱したように悲鳴を上げていた。
無理もない。
目が覚めたらすぐそこにゴブリンキングがいるんだ。
僕だって泣きわめきたい。
でも、こんなところで泣き叫んだところで意味なんてない。
「……ぐぎぎぎっ」
ゴブリンキングが顔だけ動かし、少年を見た。
そしてあの、ゾワッとする気味の悪い顔で嗤った。
ゴブリンキングがターゲットを変えた。
「う……あっ……」
少年がガタガタと体を震わせた。
そして次の瞬間――。
「……ッ!?」
ゴブリンキングが一瞬で少年の目の前に移動していた。
あまりにも速すぎて、僕の目には瞬間移動してるように見えた。
直後、ゴブリンキングが棍棒を振り下ろす。
ぐちゃり――。
血が飛び散った。
「え……?」
バキバキッと骨が砕かれ、ぐちゃっと内臓が押しつぶされる音がした。
棍棒の圧力に耐えきれなかった皮膚や筋肉がぷつっと裂け、臓器が飛び出していた。
人体が壊れる音とその過程が鮮明に、鮮明に、生々しく目に焼き付く。
何が起こったのか?
人が死んだんだ。
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