第27話 悪寒
作戦を立てた。
といってもシンプルなもので、作戦というのもおこがましい。
まずは、僕とコハクで魔法を放ちゴブリンたちを襲う。
もちろん、囚われてる少女に当てないように、魔法を放つ。
ゴブリンが慌てている間にダースが群れに接近し、少女を救出する。
ダースが無事少女を救出できたら、すぐに撤退。
目的はあくまでも少女の救出。
それ以外には目を向けない。
簡単な流れだ。
よし、やろう。
これならやれる気がする。
こっちにはコハクもダースもいるんだ。
僕はぎゅっと拳を握り、詠唱をはじめた。
「燃え盛る炎の精霊よ、いまここに顕現せよ。サラマン」
僕が扱える唯一の魔法。
出し惜しみはしない。
そもそも僕の放てる魔法なんてたかが知れてる。
ごぉぁと音を立てながら、炎がゴブリンの群れに襲いかかった。
「ぎっ!!」
「ぎゃぎゃっ!?」
ゴブリンたちの慌てている姿が目にうつった。
どどんっ。
ゴブリンには直撃しなかったが、相手をビビらせる効果はあったようだ。
続けて、詠唱を唱える。
「燃え盛る炎の精霊よ、いまここに顕現せよ。サラマン」
ダースを視界の隅に入れながら、魔法を放つ。
ゴブリンたちがこちらの存在に気づきはじめた。
うん、大丈夫。
問題ない。
思いの外、僕は冷静だ。
焦りはない。
ちらっと夜明けの一座の少女を見た。
「……」
少女と目があう。
今度はちゃんと目があったと思う。
彼女は驚いたような顔をしていた。
「大気を司る風の精霊よ、生命の息吹を与えよ。シルヴァ」
コハクが魔法を唱えた。
コハクの手の中で小さな風の渦が出来上がった。
風の渦は次第に強さが増していき、弱風から強風へと変化し竜巻となる。
明らかに、僕の魔法よりも高度で高威力だ。
「ギっ……ギギっ!」
ゴブリンたちが危険を感じたのか、あるいは本能なのか、コハクに向かって石を投げてきた。
石といっても馬鹿にはできない。
直撃すれば、重症を負いかねない。
だが、
「――――」
コハクの手のひらから竜巻が放たれた。
小さな竜巻によって、石が飲み込まれていく。
「ぎゃぎゃっ」
「ぎぎぎーッ!」
ゴブリンたちに小さな竜巻が襲いかかり、風の刃がゴブリンたちの体を切り裂いていった。
コハクは器用に竜巻を動かし、少女に被害が及ばないようにコントロールしている。
さすがはコハクだ。
ああ、やっぱりコハクはすごいや。
並大抵の魔法制御ではない。
少なくとも、僕にはあんなに器用に魔法を扱うのは無理だ。
と、僕が感心してる間に、
「――――」
ダースが少女の救出に成功した。
「よしっ!」
うまくいった。
思った以上に順調だ。
むしろ順調すぎて不安になるくらいだ。
え、こんなもん?
って拍子抜けしてしまう。
あとは逃げるだけ。
でも油断禁物だ。
安全第一。
家に帰るまでが遠足だって聞くしね。
街に戻るまでは油断しないでおこう。
「――――ッ」
なぜか、急に背筋が寒くなる。
なにか異様な雰囲気を感じた。
「ぅぁ……」
ゾワッとした。
ゴブリンたちが醜悪な顔を歪ませて嗤っていた。
気味が悪い。
さっきまであんなに慌てふためき、混乱していたのに……。
ニヤニヤしながら僕たちを見ていた。
なんだ?
何が起こってるんだ?
「……っ」
ああ、なるほど。
そういうことか。
ようやく理解した。
いま気がついた。
気がついてしまった。
囚われていたのはあの少女だけじゃなかった。
他にもいたんだ。
右側の視界に少年の姿が映り込んだ。
木々に隠されていた。
というか、僕の位置からでは確認できなかった。
なんで気が付かなかったんだ?
なんで思い当たらなかったんだ?
囚われているのが一人だけじゃない可能性を――。
それも、
「なんでなんだよ……」
囚われているのはランクの低い冒険者。
僕は彼を知ってる。
一緒に冒険者の試験を受けていた子だ。
それ以降も何度か話した記憶がある。
たまにすれ違ったときに会話した。
いつも、Sランク冒険者になるんだって語っていた。
「くそっ」
なんでそんなこと思い出すんだ。
見つけなければよかった。
知らなければよかった。
そうすれば余計なこと考えずに済んだのに……。
いや、それは違うだろ。
見つけられて良かったんだ。
幸運だったんだ。
彼を一緒に助けることができる。
大丈夫。
今までうまくいっている。
想定外だけど、大した問題じゃない。
問題なく助けられるはず――。
「ぁ……」
――ゾクリ。
なんともいえない不快感。
気味の悪さが拭えない。
なんだこれは……。
「――――」
ああ、そうだ。
この感覚を僕は知っている。
どこかで経験したことがある。
最近経験した。
ちゃんと覚えている。
心臓をぎゅっと握られたような、不快感。
生前、最期の感覚。
死ぬ間際の感覚。
ふしゅうぅぅぅっという音が耳に入った。
僕の後ろに何かがいる。
「ダース! 撤退だっ! その子を抱えて逃げろッ!」
僕は本能的に叫んだ。
「でも、ボスっ!」
「――
「……っ」
ダースが唇を噛み締めながら、すぐに反転。
その脚力を活かし、一気に撤退した。
よし、これでダースは問題ない。
あの少女もきっと助かるはずだ。
問題は、僕のほうだ。
「――――」
ああ、ダメだ。
振り返ってはいけない。
何かがいる。
そいつは、ふしゅうぅぅっと音を立てながら、少しずつ僕に近づいてきている。
振り返りたくない。
でも、振り返らないといけない。
僕は、ごくり、と生唾を飲み込み、振り返った。
「――――ッ」
そこにはゴブリンと同じ肌色の魔物がいた。
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