第26話 決断と責任

 なぜこんな浅いところに?


 そもそも、なぜ今まで気が付かなかったのか?


 ダースは十分警戒をしていたはずだ。


 隠れていたのか?


 ゴブリンが?


 ゴブリンにそんな知能も技能もないはず……。


 なんにしろ、Eランクパーティーの僕たちではあの群れを相手できない。


 いや……違う。


 僕が足を引っ張ってるんだ。


 僕が相手できるものじゃない。


 それになにより、なんかあのゴブリンの群れはやばい気がする。


 ダースじゃなくてもわかる。


 なんていうか、僕たちが戦ってきたゴブリンとは明らかに違う。


 不気味だ。


 見るからに統率がとれている。


 でも、幸いなことにまだ距離は離れているし、まだ気づかれてもいない。


 今のうちに撤退しよう。


 そしてこのことを冒険者ギルドに報告するんだ。


「御主人様。あそこにいるのは……もしかして」


 コハクがゴブリンの群れの中心を指差した。


 ああ、ダメだ。


 嫌な予感がする。


 こういう予感は馬鹿にならない。


 目を凝らして見てみる。


「あぁ……」


 やっぱり、というべきか。


 残念ながら嫌な予感は当たっていた。


 ゴブリンの群れの中心。


 そこには僕の知っている少女がいた。


 いつも僕に喧嘩を売ってくる子、夜明けの一座の少女がいた。


 木の下で横たわっている。


 どうやら意識を失ってるようだ。


 どうする?


 あの子を助ける?


 いやいや……。


 彼女を助ける義理なんてない。

 

 あの子は僕を嫌ってる。


 そんな子のために、僕がなにかする必要はあるのか?


 それに、相手はゴブリンといえど数が多い。


 あの群れを相手にしていたら、僕たちだってどうなるかわからない。


 最悪捕まる可能性だってある。


 捕まったら殺される。


「……ッ」


 殺される……?


 そうだ、殺されるんだ。


 ゴブリンに殺される。


 僕が、じゃない。


 彼女だ。


 今からあの子は女性として尊厳を踏みにじられ、嬲られ殺される。


 このまま彼女を放置したら……。


「う……っ。おぇ……」


 考えた途端、吐き気を催した。


 僕はいま、とんでもない選択肢を突きつけられてるんじゃないか?


 人、一人の命を選べてしまう。


 目がチカチカしてきた。


 内臓がひっくり返りそうだ。


 嫌な汗が頬を伝って落ちる。 


「気持ち悪い」


 ダメだ……これ以上考えちゃダメだ。


 踏み込んじゃダメだ。


 考えると逃げられなくなる。


 助けたいと思ってしまう。


「ボス。はやく逃げるぞ」


 ダースがゴブリンたちから視線を逸らさず言ってきた。


 そうだ。


 逃げないとダメだ。


 撤退するんだ。


 僕はFランク。


 英雄じゃない。


 三流にもなれてない冒険者だ。


「御主人様」


 コハクが僕を見つめてきた。


 琥珀色の瞳で訴えてきた。


 何を言おうとしているのか、わかってしまった。


 理解してしまった。


 目は口ほどに物を言う。


 いつもコハクが何を考えているのかわからないのに、今だけはわかってしまった。


 助けないのですか?


 そう視線で問いかけてきた。


 そんな期待しないでよ。


 僕はFランクなんだ。


 何もできない。


 自分の命が大事だ。


 そりゃさ、誰だって他人と自分を天秤にかけたら自分を選ぶよ。


 それの何が悪いのさ?


 ぜんぜん、悪くないよ。


 普通のことだもん。


 冒険者ってのはいざってときは逃げる覚悟も必要だ。


 逃げよう。


 逃げるんだ。


「すぐに夜明けの一座に知らせよう」


 僕がゴブリンと戦うよりも、撤退を選び、この状況を報告するほうが断然良い。


 これが一番良い方法だ。


 だから僕は間違ってない。


 そう言おうと思い、コハクを見る。


「僕らが無謀に突っ込むよりも、助けを求めたほうが確実だ」


 コハクはじっと僕を見てくる。


 何も言わず、何を思ってるのかわからない表情で。


 攻められてるように感じる。


 僕にどうしろって?


 やめてくれ。


 僕はFランク冒険者。


 誰かを救えるような実力はない。


 ただの臆病者だ。


 ふと、夜明けの一座の少女が目に入った。


「――――」


 目があったような気がした。


 いつの間にか、彼女は目を覚ましていた。


 ひょっとすると、最初から起きていたのかもしれない。


 そんなことはこの際、どうでもいい。


 目があった……ような気がした。


 気にせず、逃げることだってできる。


 でもやっぱり、 


「気にしないなんて無理だよ。気にしちゃうよ。だって目の前で困ってる人がいるんだから」


 助けてあげたいと思った。


「ボス?」


 ダースが器用に片眉を上げる。


「彼女を助けよう」


 僕には無理だった。


 彼女を見捨てて逃げるなんてできるわけがない。


 たとえ、街に戻ることが最善だったとしても、僕はその選択肢を取ることはできない。


 嫌なんだ。


「はあ……」


 ダースがため息を吐く。


「ごめん」


「ボスならそう言うだろうって思ってたよ」


 ははっと僕は曖昧に笑う。


 ダースからみた僕は果たしてどういう人間なんだろう?


「いい表情かおだな。いまのボス、あたしの好きなボスだ」


「急になにを……」


 こんな状況だってのに照れてしまうじゃないか。


 こほんっと咳払いする。


「ゴブリンと交戦するのは一瞬だけ。彼女を助けたらすぐに撤退だ」


 ゴブリンの群れと戦うのは、やはり僕たちには荷が重い。


 普通のゴブリン群れよりも断然、あそこにいるゴブリンの群れのほうが不気味だ。


 夜明けの一座の少女がまんまと捕まっているんだ。


 Dランク以上の脅威と考えていいだろう。


 だから戦いはなるべく避け、少女を助けたらすぐに逃げる。


 敵を倒す必要はない。


「ボス。本当にいいんだな?」


 ダースが念を押すように尋ねてくる。


「うん。ここで逃げたら後味悪いし」


「わかった。ボスの決定に従おう」


 ダースが頷く。


 僕はコハクを見る。


 これでいいんだよね?


 そう聞こうかと思ってやめた。


 決めたのは僕だ。


 コハクに責任を押し付けたくない。


 これは僕の選択。


 僕は震える拳をぎゅっと握りながら、ゴブリンたちを見据えた。

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