第24話 この世界で自由に生きていくために

 一ヶ月が過ぎた。


 その間、僕はEランクの依頼を何度か受けた。


 もちろん、一人では無理だからダースやコハクと組んだ。


 でも、まだ僕はEランクに上がれていない。


 一流冒険者への道のりは長い。


 いまは基礎を身につける期間だ。


 地道にやっていこう。


 とはいいつつ、悠長にやってる時間はない。


 奴隷たちはすでに冒険者として活躍していて、早い人だとすでにCランクまで上がってる。


 まあもともと実力がある人たちばかりだからね。


 Dランクから一人前と言われ、Cランクにもなればベテランだ。


 一年以内にDランクまで上がりたい。


 でも、Dランクってダースぐらいの強さが必要なんだよね?


 一年であそこまで強くなれる気がしない。


 僕もはやくランクを上げたいのに……。


 少しでも速く成長しようと思い、毎日、魔法の練習を続けている。


 冒険者のような戦闘職では、素早く魔法を発動することが求められる。


 魔力制御が上達すれば、短詠唱ができるようになるらしい。


 たとえば、「燃え盛る炎の精霊よ、いまここに顕現せよ。サラマン」は「サラマン」まで短縮できる。


 ただし「燃え盛る炎の精霊よ」だけでは魔法が発動しない。


 最短詠唱が「サラマン」らしい。


 いまはまだ単詠唱ができないけど、いずれはマスターしたい。


 余談だけど、魔力制御とは別に魔法制御というものも存在する。


 魔力制御は言葉の通り魔力を制御するものに対し、魔法制御ってのは、詠唱後に発現した魔法を制御する技術だとかなんとか。


 僕も詳しく違いを理解してるわけじゃない。


 まあ僕は学者になるわけじゃないから、厳密な違いを理解する必要はない。


 と、まあそんなことより、僕はすごいことに気がついた。


 僕の魔核は2つあるということだ。


 以前、魔法を使ってるとき、ふと違和感を覚えた。


 その違和感の正体を探ってみると、もうひとつの魔力源が自分の身体にあることを発見したのだ。


 まだそっちの魔核はうまく使えないんだけどね。


 小さく炎を出せるくらいだ。


 眠っていた力が開放され最強に……みたいな展開ではないらしい。


 そこはちょっと残念。


 でも、コハクから聞いた話だと魔核は通常一つしかないらしい。


 というか、2つあるなんて話、コハクでも聞いたことがないらしい。


 ということは、もしかしてこれは……チート?


 2つの魔核があれば、同時に2つの魔法を扱える。


 実際に火の魔法を2つ同時に出現させてみた。


 これを自慢げにコハクに見せたら、


「……驚きです」


 と言ってくれた。


 言葉とは裏腹に、コハクは無表情だったけど……。


 君、言葉と表情が一致してないよ?


 まあそれがコハクらしいんだけど。


 それはともかくとして、僕にはチートがあったようだ。


 ありがとう、神様。


 転生特典ってやつだろう、きっと。


 このチートが何に使えるかは知らないけど、ないよりはマシだろう。


 ちなみに同時に複数の魔法を扱う技術は、普通に存在するらしい。


 チッ。


 こっちはチートじゃないのか……。


 余談だけど、複数の魔法を重ね合わせる技術も存在する。


 重ね合わせるってのは、言葉の通り、2つ以上の魔法を重ねて一つの魔法に変換するということだ。


 これを多重詠唱と呼ぶらしく、特に2つの魔法を重ね合わせる魔法は二重唱デュエットと呼ばれる。


 かっこいい名前だね。


 僕の中二心が揺さぶられる。


 男というのは、いつまでも少年の心を持ってるものなのさ。

 

 がんばって二重唱デュエットをやろうと思ったけど、魔法の重ね合わせは想像以上に難しく普通に失敗した。


 なんにせよ、チート能力があって良かった。


 といっても、劇的に強くなったわけじゃない。


 今でもコハクの魔法には到底及ばないし、ダースと戦っても瞬殺される。


 他の奴隷たちにも当然敵わない。


 たまに出会う、夜明けの一座の少女から馬鹿にされる日々だ。


 てかあの子、会うたびに僕をバカにして貶しめてくるんだけど?


 なんで?


 まあいいけど。


 もう慣れてきたし。


 でもやっぱり馬鹿にされたままってのは悔しい。


 何より弱いままの自分が嫌だ。


 はやく強くなりたい。


 この世界で自由に生きていくために――。


◇ ◇ ◇


 魔物――。


 それは魔法を扱う生物を示す。


 より正確に言うならば、人間・・・以外の魔力を扱う生物のことだ。


 どこまでを人間と定義するかは意見が分かれるところであり、さらには人間でも魔物でもない存在――魔族という区分もある。


 しかし、いったんここでは「魔族を除き、魔法を扱う人間以外の生物」を魔物と定義しよう。


 魔物の生態は完全に明らかにされているわけではない。


 というより、明らかにされていることのほうが少ない。


 魔物と言っても、様々な種が存在する。


 当然、種によって生態は異なるし、同じ種であっても生息する地域によって行動が異なってくる。


 だが、ある程度共通していることもある。


 その一つが、魔物はテリトリーから出たがらないということだ。


 そもそも魔物に関わらず、生き物というのはテリトリーから出たがらない習性があるのだが、魔物はこの傾向が顕著だ。


 それはなぜか?


 それは魔物が魔力を扱う生物ということと大きく関係している。


 魔物は己の内包する魔力に適した場所を好む。


 魔力量が多い魔物は魔力の濃い地域を好み、逆に魔力量が少ない魔物は魔力の薄い地域を好む。


 それはつまり、強い魔物は魔力の濃い地域に生息し、弱い魔物は魔力の薄い地域に生息することを意味する。


 人類が住む土地は比較的魔力濃度が薄い。


 そのため、強い魔物が出ることはめったにない。


 しかし、例外というものも存在する。


「――――」


 森に潜む一体の魔物が雄叫びを上げた。


 音に驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。


 森の奥深くに住み着いていたそれ・・・は森の浅いところまで下りてきていた。


 本能を刺激されるような、甘い匂いに惹きつけられて――。


 ふごふごと鼻を鳴らし、それは匂いのもとへ向かっていた。

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