第23話 Eランク依頼

 少女は軽くステップを踏みながら、続けざまに隣にいたゴブリンに斬りつける。


 ゴブリンの体から血しぶきが舞う。


「ぐがあアァァァァ!」


 残った一体が少女に向かって突進していく。


 しかし、少女はまるで踊るようにくるっと回転し、ゴブリンの体を真っ二つにした。


 そうして瞬く間に3体のゴブリンの死体が出来上がった。


 綺麗な動きだった。


 無駄のない動きだ。


 いや~、すごいね。


 さすが夜明けの一座のメンバー。


 大したもんだね。


 思わず拍手をしたくなる。


 と、僕が感心していると、


「おい。他人ひとのエモノ奪うとはどういう了見だ? ブッ殺すぞ?」


 ダースが額に青筋を浮かべていた。


「あ、いたの? 気づかなかった。存在感薄くて」


「あ? てめぇ、調子のってんな?」


一座うちに入れなかったくせに態度だけは立派ね」


「入れなかったんじゃなくて、入らなかったんだよ。わかる?」


 なに喧嘩売ってんの?


 ダースさん……。


 君は田舎のヤンキーかね? 


「ちょっとダース。ちょっと落ち着こうね」


「でもボス~。こいつ、ムカつくんだけど」


「まあまあ」


 ダースを宥める。


 そんな誰彼構わずあたり散らかしてちゃ、敵ばっかになっちゃうよ。


 こういうときは物腰柔らかく、笑顔が大事だね。


 イッツ・ア・スマ~イル。


「気味悪い顔向けないで」


 女の子から、すっごい冷たい目を向けられた。


 ははっ……。


 顔が固まる。


 生憎、こういうキツイ言葉で喜ぶような性癖は僕にはない。


 ぐさっと来るね。


 結構、ダメージが大きい。


 僕の精神ライフは残りちょっと。


「ボス。こいつ殺していい?」


 ダースが毛を逆立たせながら、夜明けの一座少女を威嚇している。


 今にも襲いかかりそうだ。


 いや、今にも殺しかかりそうだ。


「あー……うん。やめてね。やめておこうね」


 二人の戦いが始まったら、止められる自信はない。


 というか巻き添え食らって僕が死んでしまう。


「チッ。ボスがそういうなら仕方ねぇ」


「女に守られて王様気取り? 小さな王様もいたものね」


 この子、いちいちなんか言わないと気がすまないのかな?


 そういうお年ごろかな?


 まあいいけど。


 いや、良くないけど。


 あんまり強く言われるのは慣れてない。


 普通に傷つく。


「僕は弱いからね。彼女らがいないと森も歩けないんだ」


「情けなさすぎて言葉も出てこないわ」


 言葉出てるじゃん。


 って、ツッコムのは野暮だろう。


 というか、そんな勇気ない。


「うん、そうだね」


 僕は適当に頷く。


「ちっ」


 少女は舌打ちを残して去っていった。


 はあ……。


 なんだったんだよ、あの子。


 まじでなんで突っかかってくるの?


 僕に恨みでもあるの?


 それにさ、僕だって自分が弱っちいこと気にしてるんだよ。


 そりゃさ、いきなりヒーローみたいに活躍できたら良いけどさ。


 そういう転生チートとかもらってないんだよ、こっちは。


 地道にやっていくしかないんだよ。


 ダースみたいな剣の才能もないわけだし。


 化け物じみた奴らばっかの世界で、頑張ってんだよ。


 ちょっと憂鬱だ。


「おいボス」


「なに?」


 おいボスって呼び方、なんかおかしくない?


 尊敬してるようで尊敬のかけらも見られない。


 うーん、まあいいけど。


 ダースが耳をピンと張りながら僕を睨んできていた。


 なんかよくわかんないけど、ダースがキレてる。


 怒るとあんなふうに耳が伸びるんだ。


 なんて呑気なことを思った。


「ボスは情けねーよ」


「あ……うん」


「情けねぇやつだよ! ほんと」


 改めて言わんでもいいのに。


 僕の残りライフはゼロだよ?


「でもな! 弱くて情けなくてだらしなくてバカでアホだけどな! あんなやつに舐められんなよっ!」


 すごい言われようだ。


「ボスが強いやつってあたしは知ってる。なのになんで何も言い返さねぇ。もっと堂々としてろよ! ボスは強ぇんだから!」


「えっと……ごめん?」


 何がいいたいのかわからない。


 弱いのか、強いのかどっちだろう?


「いいよ、別に」


 ダースが耳をピンと張ったままどっかに行ってしまった。


 なんで僕は怒られたの?


 僕は何を怒られたの?


 ちょっとよくわかんない。


 ていうか、ダース……。


 どっか言っちゃわないでよ。


 はあ……まあいっか。


 コハクがいればとりあえずは安心だ。


 一応、ゴブリンの耳を切り取っておく。


 なんかちょっと生き物の耳を切り取るって、グロテスクだね。


 べちゃっと血がつく。


 嫌な臭いもする。


 まあでもこれ含めて冒険者だからね。


 残り一体のゴブリン倒せば依頼完了だ。


「じゃあ、コハク。いこっか」


「はい。御主人様」


 コハクは相変わらず無表情だ。


 僕たちのやり取りも無関心なんだろう。


 ダースとは正反対だ。


 まあ今は無関心でいてくれたほうがありがたい。


 うまくいかないなぁ、と思う。


 もっと早く強くなりたいし、かっこよく堂々としていたい。


 でも僕は弱いし、臆病だ。


 変わりたいとは思うけど、そんな簡単に変わらない自分がいる。


 つくづく思い知らされる。


 異世界に来たって自分は自分。


 変わらないんだって。


「はあ……」


 ため息がこぼれ落ちる。


 僕はコハクとともに森の中を歩く。


 静かだ。


 代わりに森の声がよく聞こえてくる。


 鳥のさえずり、サクサクと落ち葉を踏む音、風によって木々が揺れる音。


 少しだけ気持ちが落ち着いてくる。


 と、しばらく森の中の散歩をしていると、


「ボス。ゴブリン捕まえてきた」


 ダースが死に際のゴブリン捕まえて帰ってきた。


「ほら」


 ゴブリンを投げつけてきた。


 僕の目の前に今にも死にそうなゴブリンがいる。


 いやなに、これ?


 もしかして……僕に殺させようとしてる?


 僕がゴブリン倒したいって言ったから?


 いやいや、僕はこういう感じでゴブリンを倒したいわけじゃないんだよ。


 普通に戦って倒したい。


 はあ……。


 わかってないなぁ。


 いや、僕が情けないのが悪いのか?


「はやく、ボス。こいつ死ぬぞ?」


 死にかけのゴブリンを殺して何になるの?


 まあいいか。


 きっとこれはダースの好意だろうし。


「燃え盛る炎の精霊よ、いまここに顕現せよ。サラマン」


 ゴブリンを燃やしといた。


 楽に死なせてやるよう、強めの火力で燃やす。


「……ッ」


 鼻を突くような刺激的な臭いがした。


 酸味が混ざったような不快な臭いが鼻腔を刺激する。


 生き物が燃える匂いってこんな感じなのか……。


 マタンゴのときには感じなかった臭いだ。


 ちょっとだけ気分が悪くなる。


 でも、生物を殺すのに多少ためらいがあると思ってたけど、意外と大丈夫だった。


 さっきマタンゴを倒したからかな?


 それとも、この世界に多少慣れてきてるからかな?


 わからない。


 そんなことより、これじゃない感がすごい。


 ゴブリンを倒したいとは言ったけど、これじゃあ火葬だ。


 倒したという実感がない。


 ちゃんと戦って倒したい。


 まあでも、これで一応はゴブリン依頼完了かな?


 って、やばっ。


「ゴブリンの耳、燃えちゃった……」


 ちょっと火力強くしすぎて、討伐の証拠である耳も燃えてしまった。


「ボス」


 ダースが何かを投げつけてきた。


 思わず受け取る。


「うわっ?!」


 ゴブリンの耳だ。


「きっといた」


 ああ、なるほど……。


 すでに耳を切り取った状態で僕にゴブリンを燃やさせたわけか。


 さすが、ダース。


 意外と気配りができるんだね


 これで依頼完了というわけか。


 なんか呆気なかった。


 というか、僕はほとんど何もやってない。


 ははっ……。


 僕の読んでいたWEB小説だと、主人公は転生した直後から無双していたのに。


 それに比べて僕は、何もやれないポンコツだ。


 未だにゴブリン一体すらまともに倒せない。


 ほんと、情けないな……。

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