第20話 ヤンキー聖女

「はあ! 食った、食った!」


 僕に抱きついてきたヤンキー女はどうやら腹をすかせて倒れていたらしい。


 だからいまこうして、僕の家でがっつくようにご飯を食べてる。


 いや、どういうこと?


 何なのこの人?


 ちなみに料理作ったのはパールで、僕は何もやってない。


 いや、パールさん優秀すぎる。


 彼女は奴隷じゃないのになんで僕に仕えてるんだ?


 謎すぎる。


「いやー、助かったよ。餓死するかと思ったわ」


「……それは良かったです」


 まあ家の前で餓死されるのは困るしね。


「私はクリス。君は?」


「エソラです」


「エソラ……?」


 ヤンキー女が首をかしげる。


「ひょっとして、フロイラインの子どもか?」


「ん?」


 えっと……フロイラインってだれ?


 なんか聞き覚えのある名前だ。


 ……って、そうだ。


 思い出した。


 エソラの母親の名前だ。


 エソラとは一切かかわりがない女性。


 エソラの記憶には一度も登場したことがないせいで忘れていた。


「え、まあ……はい」


 ヤマルから多少話を聞いたことがあるくらいだ。


 母親っていわれてもしっくりこない。


「そうか、そうか! こんなところであえるなんて奇遇だな!」


 ヤンキー女は嬉しそうに笑った。


 やっぱり美人だなって思う。


 入れ墨がなければパーフェクトだ。


 いや、別に入れ墨が悪いわけじゃないんだけど。


 ちょっとこの人にはあってない気がする。


 もっと清楚なほうが似合うんじゃないかな?


 って、他人の趣味をとやかく言うつもりはないけど。


「ヤマルは元気か?」


 この人、ヤマルのことも知ってるのか。


「えっと……」


 ちょっと言い淀む。


「亡くなってます」


 彼女の顔が暗くなる。


「……そうか。悪いこと聞いたな。すまん」


 いや、別にヤマルがどうなろうと僕はまったく気にしないんだけど。


 あの人はエソラの父親であって、僕の父親じゃない。


「ちなみに両親とはどういう知り合いで?」


「ああ、フロイラインとはちょっとな。昔一緒に学んだ仲だ」


「学友……ということでしょうか?」


「そうだな」


 なるほど。


 ということは、この女性はフロイラインと同年代ってことだろうか?


 30代半ばってこと?


 もっと若く見える。


 肌もピッチピチだし。


 胸も大きいし。


 いや、胸は関係ないか。


「気になるか?」


 え?


 もしかして胸見てるのがバレた?


「え……あい、はい」


 間違えた。


 正直に頷いてしまった。


「この入れ墨。最高にイカすだろ?」


「へ?」


 あ、そうか。


 そっちか。


 入れ墨のことか……。


 胸のことではないようだ。


「あ、うん……。そうですね。最高です」


「そうだろ、そうだろ! こいつは私の誇りだ!」


 すっごい笑顔だ。


 よっぽど入れ墨が気に入ってるのだろう。


 よかった。


 エロガキだと思われてはいないようだ。


「美味かったぜ」


 そういって女性がロザリオの十字架を握る。


「太陽の恵みに深く感謝します。

 母の無限の慈愛をもって、命が調和と幸福に包まれることを祈りながら。

 導きに感謝を」


 どうやら食後の挨拶のようだ。


 食前も祈りを捧げていた。


 日本人の言う、いただきますとごちそうさまみたいなやつだろう。


「礼がしたいんだが、あいにくと今はカネがない」


「はい。知ってます」


 お金があったら行倒れてないはずだ。


「つーことで、なんかあったときは頼ってくれ」


「え、まあはい」


 この人に頼むことはない気がする。


 教会と関わることもなさそうだし。


 けど、一応頷いておく。


「こう見えても私は聖女だからな」


「はい?」


もとがつくがな」


 え?


 まじか。


 どうみてもヤンキーだろ。


 こんな人が・・とはいえ聖女だったのか?


 この世界の宗教、大丈夫?


 ちょっと心配になってきた。

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