第19話 不可抗力
朝は早い。
日が出る前に起きる。
この世界では娯楽がなさすぎる。
前世ではしょっちゅう夜ふかししてたけど、それはスマホがあったから。
ネット小説をこっそり読んでいたあの頃が懐かしい。
でもこの世界には娯楽は驚くほど少ない。
夜ふかししてもやることがないから早めに寝る。
随分と健康的な生活をしていると思う。
ダースと仲良くなったから、僕は自分の寝室に戻った。
朝起きたら、まず顔を洗う。
覇気のない顔を少しでもシャキッとさせるためだ。
身支度をしたあと、外に出る。
まだ外が暗いため行き交う人も少ない。
僕の家は街の北通り、通称冒険者通りの西側に位置している。
冒険者通りを西に向かって歩き、左に曲がると西門が見えてくる。
「おはようございます」
「おう、坊主。今日も朝早いな」
「健康のためです」
「その歳で健康なんてご苦労なこった」
はっはっはと背中を叩かれる。
この世界の人は、よく人を叩くらしい。
門番と軽い会話を交わした後、西門からさらに西に向かってジョギングする。
しばらくすると森が見えてくる。
軽く走ったから少し息が荒くなる。
エソラが運動してこなかったからか、最初はほんのちょびっと走るだけで疲労困憊になっていた。
それに比べて、最近は体力がついてきたと思う。
体力作りは大事だ。
まだ魔物と戦ったことがない僕だけど、体力があるかないかで生死を分ける……らしい。
森の中に入るのは危険だ。
その手前のところでストップ。
ちょっとだけ空が明るくなっている。
軽く息を整えたあとは魔法の練習だ。
「燃え盛る炎の精霊よ、いまここに顕現せよ。サラマン」
手のひらからボワっと炎が出る。
野球ボールくらいの火の塊。
うん、いい感じ。
このぐらいなら簡単に出せるようになった。
これが成長ってやつかな?
ていうか、最近やっぱり魔力量が増えてると思う。
昔は数回炎を出せば苦しくなってたけど、今はもう十発出してもまだ余裕がある。
魔力量は幼いときじゃないと伸びない。
じゃあ僕はまだ幼いってこと?
いや、エソラは15歳だ。
幼いって年齢じゃない。
これに対しては、一応、僕なりの仮説がある。
まず生物には、魔力を扱う器官――魔核が存在する。
この魔核だけど、幼い頃は不安定な状態で大人になるにつれ安定していくらしい。
でも、安定してしまったらそれ以上魔核は大きくならない。
不安定な状態で魔核を大きくすることで、魔力量が増える……というわけだ。
そして僕の魔核だけど、おそらくまだ不安定な状態なんだと思う。
僕がこの世界に来て間もないから、だと考えている。
そもそも魔核というのは、心臓や腎臓とかのように目に見える器官じゃない。
魂?に紐づいてるものらしい。
エソラの体に僕の魂が入り込んだ。
それにあたって魔核も新しくなった。
新しい魔核は不安定だから、どんどん器が大きくなっていき魔力量が増えてるんだと思う。
そう僕は考えている。
この仮説が正しいかはわからない。
でもまあ魔力が増えてるのは事実だ。
この仮説に基づくとすれば、今の時期が一番魔力量を伸ばせるということだ。
つまりボーナスタイム。
これを使わない手はない。
ここ数日間試したことだけど、魔力を使い切ったときのほうが魔力量が増えた感じがする。
だから限界ギリギリまで魔力を使う。
苦しくなるほど魔力を使って、朝練が終了。
魔力を使い切ると失神するから、やり過ぎには注意が必要だ。
そして少し休憩してから僕は街に戻る。
この頃にはもうすっかりと周りは明るくなっている。
街につくと、行きとは違って行き交う人が増えている。
冒険者ともすれ違う。
今から魔物討伐に向かう冒険者を見ると、ちょっとうらやましく思う。
はやく僕もそっち側に行きたいと焦る。
でも、焦っても仕方ない。
地道にやっていくしかない。
それから冒険者通りを東に向かって歩くと、自分の家につく。
だいぶ見慣れた家だ。
でも、今日はいつもとちょっと様子が違った。
「ん?」
僕ん
酔っぱらいかな?
ここは冒険者の通りに面してるだけあって、たまに酔っ払い冒険者が倒れている。
女性だ。
肌の露出が大きい。
この人……入れ墨すごいな。
全身に黒い入れ墨が入ってて顔まで達している。
ちょっと怖い。
ヤンキーかな?
まあ、冒険者はヤンキーみたいな人多いけど。
いや冒険者じゃないな。
だってロザリオつけてるし。
ってことは、宗教関係の人?
この世界の宗教といえば恵みの教会が一番有名だ。
つまり、教会の人ってこと?
信者なのに入れ墨?
随分とファンキーな教会なんだね。
まあそんなことよりも、
「あの……」
とりあえず声をかけてみる。
こんなところで寝られてたら迷惑だ。
全然起きる様子がない。
「ちょっと……お姉さん」
ちょっと揺さぶってみることにした。
ぶるっと揺れるものが目に入った。
胸だ。
つい目がいってしまう。
だってこの人、露出多いし。
「んん……」
女性は起きない。
正直、生前だったら絶対に関わりたくない。
入れ墨とか怖いもん。
いやでも、美人ではある。
やっぱり関わりたいかも。
うーん、迷う。
いや、いまはそんなことどうでもいい。
「あの、起きてください!」
大きめな声を出してみた。
とりあえず、ここからどいてもらいたい。
はあ……。
これだから酔っ払いは困る。
とりあえず家の前から女性をどかすため、女の人の腕を掴む。
「んんっ……」
ちょっとエロい声出せないでよ。
ドキドキしちゃうじゃないか。
僕は女性関係ないんだから。
と、思ってたら、
「うわっ……?!」
いきなり女性に引き寄せられた。
腕に吸い込まれた。
なんか……ふわっといい香りがした。
そしてむにゅむにゅとしたものが顔に押し付けられた。
これは……ちょっと僕には刺激が強い。
うへへっ、ちょっとの間くらいはこのままで良いよね?
いやだって、僕から抱きついたわけじゃないし。
不可抗力だ。
うん、だからちょっとだけ……。
「ボス、なにやってんだ?」
「え?」
胸から顔を出す。
ダースがジト目で見てきた。
目が怖かった。
殺気を放ってるように見えた。
なんか僕、軽蔑されてる?
「いや、これはちがくて……」
「発情したオスの臭いがする」
ダースがわざとらしく鼻を押さえる。
やめてよ。
そういうの普通に傷つくから。
女性から抜け出そうとするが、
「んっ……」
ぎゅっと抱き寄せられた。
この人、力強いな。
抜け出せないのは仕方ない。
だから僕は悪くない。
「はあ……。まあボスの趣味をとやかく言うつもりはねぇけど、場所は考えてくれよな」
ダースがそういって去っていった。
いや、ほんと違うんだ。
僕だって別に好き好んでやってるわけじゃない。
いや、好きだけどさ。
男だからさ。
そりゃ、興味はあるけどさ。
でもそうじゃないないんだ。
なんて言い訳をしていると、
「ん? お前さんは……」
ようやく女性が起きたようだ。
目を開けるとより美人が際立って見える。
きっと目が大きいからだろう。
「なんで抱きついてるんだ?」
「それは僕のセリフです」
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