第18話 夜明けの一座

 喧騒というのはこういう光景を言うのだろう。


 そう思えるような空間だった。


 和気藹々。


 冒険者たちがホールでガヤガヤしながらエールを飲んでいる。


 たぶん、あれエールであってるよね?


 冒険者と言えばやっぱりエールだからね。


 うん、エールがなにか知らないけど!


 ビールとエールの違いもわからないけど、冒険者といったらエールだ。


「なんだ? ガキどもか」


 キョロキョロしてたらなんかおっさんに絡まれた。


 見た目が歴戦の戦士って感じだ。


 僕はもちろんだけど、ダースもガキと呼ばれてもおかしくない見た目だ。


「あん? ガキじゃねーよ」


「威勢がいいねぇ。俺は嫌いじゃねーぞ」


 がははっと男が豪快に笑い、去っていった。


 なんだったんだ、あの人?


 と思ったら代わりに、


「おいおいここはいつからお守りクランになったんだ?」


 テーブルに足をかけながら昼間っからお酒を飲む酔っぱらいに絡まれた。


「一応これでも冒険者です」


 僕はギルドカードを見せる。


「ぷはっ。Fランクかよ」


 酔っ払いに馬鹿にされる。


 それを皮切りに、


「おいおいここは新人クランじゃねーっての」


「誰でも歓迎って……ほんともうどうにかしてくれよ。だから、こういう勘違いヤローが来るんだよ」


「しょーがねーだろ、リーダーの方針が来るもの拒まずってんだから」


「にしてもちょっとくらい拒めよ。こんなガキいらねーだろ」


 と、他の酔っぱらいたちにも馬鹿にされた。


 あまり良い気分じゃないけど、こういうのが冒険者って感じだな。


 僕は言い返す勇気がなく、はははっと笑おっていたら、


――ドンッ


 ものすごい音がした。


「おいてめぇら。舐めた口聞いてんじゃねぇぞ? 酒場でしか騒げねー屑どもが」


 ダースがテーブルをドンッと叩いていた。


 いや、ダースさん……。


 あんまり暴れないでよね?


 僕たちは別に喧嘩しにきたんじゃないからね?


「あ? ガキが調子こいてんじゃねぇぞ? ブッ殺すぞ」


 喧騒に包まれる。


 おいいいぞ、やれやれ!


 そんな野次が飛んでくる。


「上等じゃねーか。表でろや、酔っぱらい」


 ダースさんよ。


 ほんと、もう勘弁して。


 僕はクランに入りきたんだよ。


 こんな最低な挨拶じゃ、絶対受からないよ。


「ちょちょっ、ダース。ちょっとまって。喧嘩は良くないよ? 僕はこのクランに入りにきたんだ」


 僕は外に行こうとしていたダースの腕を掴んで言った。


「おいおい聞こえなかったか? ここはお前らのようなガキが入るところじゃねーんだよ」


 酔っ払いが絡んでくる。


 ああ、酒臭い。


「えっと……じゃあ、どうすれば入れますか?」


「だーかーらー! ガキは入れねーって言ってんだよ。おまぇらみたいのがいるとクランの格が下がるってんだ」


「子供ならいるじゃないですか。ほら、あそこに」


 僕の指さした先には、僕よりも小さな女の子が座ってた。


「私はこう見えてもっ! 15のっ! 成人だっ!」


 少女がバンと壁を叩いて睨んできた。


 15歳といえば、エソラと一緒の年齢。


 この世界では成人だ。


 生前、僕は20歳超えていたから、僕から見たらやっぱり子どもだ。


 とはいっても、ダースもコハクも15歳。


 彼女らも子どもということになる。


 ダースはたしかに子供っぽいところがあるけど、コハクはよくわかんない。


 なんにしろ、あの子はどうみても子どもだ。


「え、子供じゃん」


 言った瞬間、僕はしまったと思った。


 大人だと言い張る子に「君は子どもだよ」なんて言っちゃいけないことだ。


 コミュニケーション能力が低い僕でもわかることだ。


 つい口が滑ったというやつだ。


「誰がッ!」


 少女がブチ切れた。


「――――」


 次の瞬間、少女が僕の眼前まで来ていた。


「子どもだァァ!!」


「……っ」


 速い――なんてものじゃない。


 これが人間の出せる速度なのか? ってぐらい速かった。


 冒険者ってこんなんばっかなの?


 なんて呑気なことを考えていると、少女が腕を振りかぶった。


 殴られる!?


 そう思ったが、


「ボスを傷つけるのは許さん」


 ダースが少女の拳を止めていた。


 まさに僕の目の前。


 ダースの手の甲が見える。


「……え?」


 まったく見えなかった。


 ダース、よくあの速度に対応できたね?


 ダースさんすごすぎ。


 かっこよすぎ。


 やだ惚れちゃう。


 というか、この世界の人たちこわすぎるでしょ。


 たしかに僕が失言したけどさ。


 いきなり殴りかからないでよ。


 恐怖で足が子鹿にように震えてるよ。


「ふんっ。女の、それも子供に守られるなんて男として情けなくないの?」


 少女が手を引っ込めながら言う。


 ははっ、と僕は曖昧に笑う。


 ここで言い返すほど僕は短期じゃない。


 というか怖くてできない。


 暴力反対。


 いや、暴力怖いやつが冒険者やるなって話だろうけど。


 それとこれとは別だ。


 問題は、ダースだ。


 ダースがブチ切れるんじゃないかとヒヤヒヤした。


 ダースをちらっと見ると、


「なんだ?」


 特に何も思ってないようだった。


 というか、ちょっと不機嫌そうな目で僕を見てくる。


 なんで?


「ひゅー、やるねー。嬢ちゃん。お前ならうちに入れるかもな」


 酔っ払いが下手な口笛を吹く。


 え、僕は?


 僕はダメってこと?


「えっと……僕はどうでしょう?」


「お前さんは……まあ頑張れ」


 目をそらされた。


 それってお断りってことだよね?


 悲しい……。


「はいはい。お前たちやめな。新人を怖がらせるもんじゃないよ」


 パンパンと手をたたきながら、背の高い女性が現れた。


 姉御って感じの人だ。


 筋肉質な体だけど、女性らしさも兼ね備えている。


 良い体付きだ。


 心のなかで姉御さんと呼ばせてもらおう。


「ふんっ。私、こういうやつ一番キライ」


 少女が僕を睨んできた。


 一言でここまで嫌われるなんて……。


 結構ショックだ。


「きもっ」


 くっ……。


 ”きもい”よりも”きもっ”のほうがショックが大きい。


 女子から言われたくないランキングトップ3に入る言葉だ。


 僕は曖昧に笑う。


 きっと顔がひきつってると思う。


 でも僕は平和主義者だ。


 言い争うのは良くないよね、うん。


「ちっ……」


 少女がこれみよがしに舌打ちをして去っていった。


 ちょっとあの子、感じ悪くない?


 まあいいけど。


「すまないね」


 姉御が謝ってきた。


「いや、別に僕は……」


 なんとも思ってないわけじゃないけど、気にするほどじゃない。


 いや、傷ついてはいるけど……。


「うちに入りにきたんだろ? 生憎リーダーは遠征に行っててな。すまんが、出直してくれないか?」


「はい」


 そういうわけで、僕はクランハウスを後にした。


 まあ今日の感じでは、たぶん無理だろう。


 実力的に僕ではだめな気がする。


「他のクランを当たろっかな」


 幸い、この街には他にもたくさんのクランがある。


 なんたってここは冒険者の街だからね。


 なんかこれって就活に似てるな。


 とりあえずは有名企業を志望して、そこから中小企業にあたっていく感じ。


 まあ僕は就活なんてしてないから実際はどうか知らないんだけどね。


「なあボス」


「なに?」


「なんでクラン入るんだ?」


「そりゃ冒険者活動をうまく進めるためだよ」


「ボスが自分でクラン作ればいいだろ?」


 そうか、その手があったか。


 考えもつかなかった。


 どこかのクランに入るしかないと思っていたけど、自分でクランを作っちゃえば問題ない。


 そうすればクランに入ることができる。


 まさに発想の転換。


 その発想はなかった。


 って、それじゃ意味がない。


 僕の目的は速く強くなること。


 言い方を変えれば楽して強くなること。


 自分でクランを作るなんて面倒だし、そもそも目的から外れている。


 生前、父を見ていて思ったことがある。


 組織を持つのってのはかなり大変だってこと。


 だから、あんまりやりたくないなーってのが正直な感想だ。


 それにクランの承認ってのは、なかなかに大変だって聞く。


 僕がクラン立ち上げようって言っても、実績のない僕でクラン設立が承認されるとは思えない。


「まあ、それも検討しとくよ」


 検討しますっていうのは便利な言葉だな。


 当回しの否定の言葉でもある。


「ボスのクラン、楽しそうだと思うんだけどな」


 そう言われてもクランなんて作りたくなんだよねー。


 ははっ、と曖昧に笑って僕は笑って誤魔化す。


「ボス、その笑いやめなよ」


 ダースに不機嫌な顔で言われた。


 え?


 愛想笑いってダメなんですか?


 これやっとけば大丈夫だと思っていたんだけど……。


 人とのコミュニケーションって難しいんだね。

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