第15話 望み
――ダース視点――
エソラ――馬鹿なやつだ。
胸がざわつく。
苦しくなる。
エソラはどことなく弟に似てやがる。
呑気で臆病な弟だ。
いつもあたしに隠れてやがった。
自分では何も決められず、あたしに頼ってばっかでムカつくやつだった。
一緒にいると苛つく。
あいつは一人じゃなんもできんかった。
そんな弟とエソラが被る。
「……っ」
拳をぎゅっと握る。
弟はあたしがこっそりと里を抜け出したとき、ついてきやがった。
あたしを里に連れ戻そうと説得しに来た。
いつもは臆病な弟なくせに、あのときは里の掟を破ってまであたしを止めにきた。
外が怖いと言っていた弟があたしを止めるために勇気を振り絞っていた。
馬鹿だなと思った。
外はそんなに怖いもんじゃない。
里のやつらは必要以上に外を恐れている。
必死に連れ戻そうとしてくる弟をあたしは軽くあしらった。
「お前は家に帰ってればいいの」
そういったのに弟はついてきた。
「お姉ちゃんダメだって!」
弱いくせに必死に止めようとしてくるから無理やり引き剥がした。
それでもついてくるものだから、あたしは仕方なく弟を連れて動いた。
弟はあたしの後ろに隠れながら、ぎゅっと手を握ってきた。
怖いならこなければいいのに……。
邪魔だったし、イライラした。
そう思いながらあたしは人族の街に訪れた。
今でも後悔している。
なんで弟を連れてきてしまったのだろうか。
こんな醜いところになんで連れてきてしまったんだろうか?
地獄を見るのは自分だけで良かった。
自業自得で済むから。
弟まで巻き込む必要なんてなかった。
――弟が死ぬ必要なんてなかった。
あたしが人族に捕まった夜、弟は人族に殺された。
亜人狩りからあたしを守ろうとして、あたしを逃がそうとして殺された。
普段はあんなに臆病で情けないやつなのに、あのときだけは勇気を出しやがった。
そんなことあたしは望んじゃいなかったのに!
「姉ちゃんは自由に生きて」
ただ……生きてほしかった。
それだけだった。
弟だけなら逃げることができたはずだ。
狙われていたのはあたしだった。
自慢じゃないけど、あたしは容姿が良い。
奴隷としての価値はあたしのほうが高い。
あたしだけが捕まり、あたしだけが罰を受ける。
それで良かったのに、なんで……。
――コツッ……コツッ
恐る恐るといった感じで歩く音が聞こえてきた。
これが誰の足音かはすぐにわかった。
そもそもここを訪れるやつなんて、数えられるくらいしかいない。
この臆病な足音すら、弟に似てやがる。
エソラが鉄格子の向こうにいた。
「おい」
「なに?」
「いったいお前はなにがしたいんだ?」
こいつ、ほんとに何がしたいんだ?
なんのためにこんなことをする?
わざわざあたしの近くで寝て……。
何がしたいのかまったくわからん。
エソラが勝手に冒険者の話をしはじめた。
ははっ。
なんだよ、冒険者って。
憧れる……?
そんなものに憧れて何になる?
馬鹿な妄想だ。
「呑気なもんだな」
「え?」
「お前は今まで親に甘やかされて育ってきたんだろ。遊び感覚で冒険者とか笑える」
あたしは里に守られていた。
それを知ったときには、あたしはもう奴隷だった。
「うん……そうだよね」
しょぼんとした顔をするエソラ。
やめろ。
そういう顔をするな。
こういう情けないところとか、弟に似てる。
あたしが殺した弟だ。
なんであたしが生きてる?
弟が生きるべきだった。
「なんでわざわざそんなことする? 奴隷をこき使って生きていけばいいはずだ」
なんであたしは冒険者なんて目指したんだ?
里を抜け出さなければ、平和に生きていけたはずだ。
自由を求めて不自由になるなんて……。
はっ。
皮肉が効きすぎてるじゃないか。
笑える。
「冒険者なんてクソ喰らえだ……憧れるやつの気持ちがわからねー」
目指さなければよかった。
憧れるんじゃなかった。
馬鹿な自分が嫌になる。
「泣いてるの?」
え?
エソラに言われてから、はっと気づく。
頬を触る。
「……」
濡れていた。
あたしは知らず知らずのうちに涙を流していた。
鉄格子の向こうにエソラがいる。
こいつは弟とは違う。
臆病なだけのやつだ。
今だってこうしてあたしに近づけないでいる。
ほんと、何がしたいんだ?
エソラがきょろきょろとし始め、部屋から出ていった。
数分後、また戻ってきた。
手には白い服が握られている。
「ふぅ……」
エソラが大きく息を吐いて、鉄格子に近づいてきた。
そして、
――カチャッ
「……ッ」
目の前にはエソラがやってきた。
あたしを見下ろすように立っている。
エソラは弟と一緒で臆病だ。
いつもあたしを怖がっていた。
毎回怖がりながらやってきたのを知っている。
今だってエソラは体を震わせてやがる。
この距離ならエソラの喉元を食い敗れる。
殺そうと思えばいつでも殺せる距離だ。
「えっとこれ……あんまりきれいじゃないけど、僕の服」
エソラが服を渡そうとしてきた。
やっぱり、エソラは弟に似ている。
不器用なところとか、そっくりだ。
「いらないし……泣いてない」
泣く資格はあたしにはない。
「いや、泣いてるよ」
エソラがそういってあたしと目線を合わせてきた。
そして服を使ってあたしの目元を拭った。
「……ッ」
エソラがあたしに近づいてくることはなかった。
最初の出会い以降、あたしのことを恐れていたから。
それなのに今回は躊躇なくダースに近寄ってきた。
いや、この表現はおかしいか。
躊躇もしていたし、怖がってもいた。
それなのに近づいてきた。
臆病なくせに、肝心なところで勇気を振り絞る。
そういうやつをあたしは他にも知っている。
弟だ。
やはり、エソラと弟の姿が被る。
「同情すんな、バカ」
「……ごめん」
「謝んな、バカ」
「えっと……ごめん」
はあ……。
ほんと、情けないやつ。
「あたしは人族が嫌い」
「うん、知ってる」
「今でも殺したいほど憎い」
「それも知ってる」
知ってるといいながら、エソラはあたしのもとから離れようとしない。
エソラの首を掻き切るのなんて簡単だ。
バカなやつ。
でももっと馬鹿なのはあたしだ。
馬鹿で無知なあたしが弟を殺した。
「全部……消えてなくなればいい」
あたしは自嘲気味に笑った。
人族は欲深く傲慢で醜いが、それ以上にあたしは醜い。
あたしの欲深さが弟を殺した。
満足しておけばよかったのだ。
里での生活で満足し、外に出ようと思わなければよかった。
そうすれば弟は死なずに済んだ。
あたしは弟とエソラを重ねてみてるのか?
わからない。
「ねえ、ダース」
エソラがあたしをじっと見てきた。
そして、
「ダースの一番の望みを叶えてあげることはできない」
そう、言い放ってきた。
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