第11話 いまやれること
翌日。
僕は悩んでいた。
本当に冒険者になれるんだろうか?
どうやら僕の魔力はごくわずからしい。
そしてエソラはいま15歳。
これから魔力量が大きく伸びることはない。
つまり、詰みだ。
僕の魔力では火をちょっと扱う程度。
実際、今日も火魔法を使ってみたけど、せいぜい3回でギブアップ。
僕は冒険者に向いていないのかもしれない。
少なくとも魔法使いには向いていない。
かといって今から剣術学ぶにも遅いし、たぶん剣術も向いてないと思う。
エソラの記憶からみても、運動神経が良いとは言えないし。
何より剣を扱うのは抵抗感がある。
いや、それなら冒険者になるなよって話かもしれないけど……。
「はあ……」
まあ仕方ない。
魔力量が少ないのは一旦置いておこう。
考えても仕方ないし。
それより僕は奴隷たちとの接し方に悩んでいた。
奴隷をモノのように扱うのも僕の価値観に反する。
でも、友達のように接するのも違うと思う。
たぶん雇用主と従業員みたいな関係が一番良いんだと思う。
でも、僕は雇用主の気持ちなんてわからないし、それ以前に社会人経験がゼロだ。
だって大学生のときに死んだしね。
バイトすらやったことがない。
そもそも僕はコミュニケーション能力が低い。
奴隷たちとすぐに打ち解けるわけもない。
諦めて少しずつ関係構築していくしかないと思う。
ちなみにすでに一部の奴隷は冒険者としての活動を開始した。
腕っぷしに自信がある人たちばかりだ。
はやく稼ぎたいんだろう。
冒険者活動を始めるにあたって武具の準備が必要だったけど、あいにく僕はそういうのはよくわからない。
だから彼らには、自分たちで選んで買ってもらうことにした。
僕が選ぶよりもよっぽど良いだろう。
もちろん、武具の代金は借金に含まれる。
プレゼントとしてあげたいのは山々なんだけど、そうは言ってられない。
うちは経費が個人負担のブラック企業かもしれない。
いや、普通の企業がどうかは知らないけど。
生前、うちの親が経営していた企業は、経費で出るものとそうでないものがあった。
でも、さすがに仕事で使われる備品は経費で出ていたと思う。
詳しくは知らないけど……。
まあお金の関連はパールに任せている。
僕はパールがいなければ何もできない。
ありがとう、パール。
いつも助かってるよ。
まだ数日しか関わってないけど。
お金に関してはとりあえず問題なさそうだ。
いま一番の問題は、例の少女。
鎖で繋がれている犬人族の少女。
名前はダースというらしい。
彼女をどうするのか僕はまだ決めかねている。
正直、関わりたくないし、近寄りたくない。
だって怖いから。
彼女が僕を攻撃してきたのは、もちろん怖い。
それと同じくらいに、契約によって彼女が苦しむのを見るのも怖い。
それならいっそ関わらないのが一番良い。
逃げ出したいし遠ざけたいけど、それじゃあダメだってこともわかっている。
ここで見て見ぬふりをしたら生前の自分となんも変わらない。
それは……なんか嫌だな。
僕はコハクを連れてダースのところに行った。
正直、一人で行く勇気はない。
ダースのところに行くと、”が”と”ぐ”の中間くらいの声で威嚇された。
そんな怖い顔しないでよ。
睨まれると怖いんだから。
僕は臆病なんだから。
僕はね、親に怒られるからって反抗できなかった人間だ。
足がプルプル震える。
「コハク」
「はい。御主人様」
コハクが一つ頷いてから、牢の鍵をカチャッと開けた。
その音だけでちょっとビビる。
コハクが中に入っていき、ダースの手前にパンを2つ置いた。
今朝、僕が直々に買ってきたパンだ。
どうやら昨日のパンは食べてくれたらしい。
良かった。
「……」
なんだこいつ、みたいな目で見られる。
まあ、そうなるよね。
「や……やあ」
ちょっと声が震えるのは仕方ない。
本来なら、僕は彼女を命令できる立場にいる。
でも、なぜかダースとは契約がうまく結べていない。
理由はよくわからない。
パールに聞いてみたが、詳しいことはわからないそうだ。
ヤマルも手を焼いていたらしい。
「処分されますか?」
そうパールに聞かれ、僕はぎょっとした。
処分――つまり、目の前の少女を殺すということ。
もちろん、僕は否定した。
そんなことするつもりはない。
驚いたのは、パールから普通にそういう言葉が出てきたことだ。
でも、考えてみれば当然だ。
主人に逆らう奴隷は処分されて当たり前。
むしろ僕の考えがおかしいのかもしれない。
それでも僕は彼女を殺すという考えにはなれないし、そんな勇気もない。
勇気があればやるのかって聞かれれば、それもまた違う。
おそらく価値観の違いだ。
日本で暮らしてきた僕には、簡単に人を殺すということに忌避感を覚えてしまう。
「……」
ダースが黙って僕を睨んでくる。
やっぱり怖いな。
うん……。
仲良くなるのは無理かもしれない。
というか、沈黙がつらい。
対人経験が浅い僕は、何を話したら良いかわからない。
こういうときは天気の話がいいのかな?
今日は良い天気ですね?
いやいやそんな話しても無駄でしょ。
「……なんでだ?」
唐突に、ダースが口を開いた。
「え……?」
僕は目を丸くした。
はじめてまともに喋ってくれた。
思ったよりも子供っぽい声だ。
いや、違う。
彼女は子どもなんだ。
獣じゃない。
そう思うと、少しだけ恐怖が和らいだ。
「なぜパンを運んでくる……」
「え……あ、ああ……そのことね」
パンを運んでくるのはなぜか?
それはダースがお腹を空かしてそうだったからだ。
ただ、僕も馬鹿じゃない。
きっとそういうことを聞かれてるわけじゃない。
なぜ奴隷であり、主人を殺そうとしたダースに僕がパンを分け与えるのか。
そのことに疑問を抱かれてるんだろう。
不思議なことに、答えはすんなりと出てきた。
「僕は君と仲良くしたいんだ」
主人と奴隷。
僕たちはそういう関係性で僕が彼女に嫌われていることは理解してる。
それでも僕は彼女と仲を深めたい。
「仲良くするだと? 馬鹿なのか、お前?
ダースがペッと唾を吐いてきた。
明確な拒絶。
「そうかい」
別にわかっていたことだ。
面と向かって言われるとショックだけど、別に僕が嫌われてるわけじゃない。
人族が嫌いなだけだ。
「君は僕の奴隷だ」
「ああ。知ってるよ。クソ野郎」
ダースが挑発するように、じろりと睨んできた。
「君の権利は僕にある」
「はっ。だったらなんだ? 殺すか?」
「君が死ぬのは……嫌だな」
ダースは鼻で笑った。
「お優しいこった」
僕は主人で彼女は奴隷。
僕は人族で彼女は獣人族。
亜人戦争のことは僕でも知ってる。
当時のことはエソラの記憶にも残ってる。
僕たちには隔たりがある。
壁を壊すのは簡単じゃない。
乗り越え方なんてわからない。
「君が人族を死ぬほど憎んでることは理解できたよ」
そういって僕は檻に近づく。
この中に入る勇気はない。
僕はひどく臆病だ。
「その人族の中に、僕が含まれていることも理解できた」
僕だけが例外……なんてあり得ない。
むしろ、
「僕を殺したいほど憎んでいるのかい?」
答えは返ってこない。
否定なのか肯定なのか、彼女の真意を読み取ることはできない。
「……」
ダースに睨まれる。
正直、怖い。
檻の中に入る勇気はなく、きっとこの鉄格子が僕と彼女の隔たりだ。
「僕は死ぬのが怖いよ。もちろん殺されたくもない」
「臆病なやつめ」
「そうだね。臆病だよ。だからこうやってコハクを連れてくる。情けないけど」
僕はちらっとコハクを見た。
コハクは無表情だ。
何を考えてるかわからない。
その分、ダースは考えがわかりやすい。
僕を嫌ってる。
嫌いだってオーラを出してくる。
まあ嫌われて嬉しいわけないんだけど。
どうやったらダースに嫌われなくなるのか?
前世では、大した人生経験を積んでいない。
答えなんてわかるはずもない。
そもそも僕はダースのことを知らない。
知らないから、当然、どうすればいいのかわからない。
もっと知るには時間が必要だ。
会話が必要だと思った。
「しばらく、ここで暮らすよ」
といっても、同じ牢の中で寝るのは勘弁だ。
そんな勇気、僕にはない。
やっぱり僕って中途半端だなって思う。
「は? お前は馬鹿なのか?」
ダースが呆れたような目を向けてきた。
「うん……。そうかもね」
少なくとも僕は自分が頭良いとは一度も思ったことがない。
前世で勉強はそこそこできたけど勉強ができるだけだった。
でも勉強以外のことで頭を使ったことはない。
ずっと親の言いなりで生きてきた。
こういうときどうすれば良いのかわからない。
僕には他の方法は思いつかない。
だから今の自分にやれることをやろうと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます