第9話 利息

 奴隷館に戻ってきた。


 出発する前と比べてだいぶきれいになっていた。


 鼻につくような匂いもほとんど消えていて不快感はなかった。


 やっぱり匂いって大事だよね。


 労働を終えた奴隷たちを再び集める。


 僕は「ごほん」と咳払いする。


 みんなから視線が集める。


 警戒のこもった視線だ。


「みんなに2つのプレゼントがある」


 すると、


「やったー!」


 突然、一人の女の子が飛び跳ねた。


 活発そうな女の子の猫の獣人だ。


「ねえ何くれるの?」


 獣人の子は目を輝かせながら僕の前にやってきた。


 僕はちょっと気圧される。


 距離感近すぎる……。


 てっきりすべての奴隷から避けられてると思ってた。


 この子、今朝までこんなに親しそうにしてこなかったんだけどな……。


 いきなりどうしたんだろう?


 僕の下心満載の信頼関係構築作戦がうまく行ったのかな?


 だったらいいな。


「う、うん……。これね」


 僕は少女に服をあげた。


 普通の服だ。


 シンプルなデザインでちょっとばかし病院の服っぽいけど、今の彼女らが着ている布切れよりはマシだろう。


「わー、すごい! ふかふかだぁー!」


 獣人の子は嬉しそうにぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた。


 うん、喜んでくれてなによりだ。


 買ったかいがあるというものだね。


「わー、すごい! これあったかいね!」


 まあ、いま着てる布切れよりはあったかいよね。


 というか、今までそんなに服を着させてごめんね。


 獣人の子がぴょんぴょんと跳ねる。


 めっちゃ動くな、この子。


 運動神経いいんだろうか?


 前世のアスリートもびっくりするくらいに跳ねる。


 さすが獣人だ。


「わー、すごい! この服破れないね!」


 少女が服をつまんで伸ばす。


 楽しそうだね。


 うん、うん。


「すごい、すごい!」


 楽しそうでいいなぁ。


 僕は嬉しいよ。


――ビリ


「え?」


 なんか今聞こえちゃいけないような音が聞こえた。


「あ、やぶっちゃった……」


 少女が申し訳無さそうに耳をシュンと垂らした。


 うわぁ、獣人っぽいな。


 落ち込むと耳が垂れるところなんかは、僕の思い描く獣人像のまんまだ。


 なんだか感動を覚える。


 でもそれより、他の奴隷たちが顔をひきつらせて僕を見ているのが気になる。


 僕が怒ると思ってるのだろうか?


 だったら心外だ。


「大丈夫。服は他にもあるしね」


「ほんと! やったー!」


 少女がぱぁーっと顔を輝かせた。


 他の奴隷たちはほっと胸をなでおろしてるようだ。


 まあエソラだったら、「八つ裂きにしてくれるわ!」と怒鳴ってるところだろう。


 そもそも、エソラなら服をあげることなんてしないだろうけど。


 僕はエソラであってエソラじゃない。


 だからみんな安心してね?


 他の奴隷たちにも服をプレゼントした。


 困惑してる奴隷が多かったけど、それもまあ仕方ない。


 受け取ってくれただけで良しとしよう。


「ふむ、悪くないな」


 ムキムキででかい女奴隷が服を受け取った。


 僕の持ってきたパンを最初に食べてくれた人だ。


 この人が奴隷の中で一番大きい。


 僕が見上げるほど大きいが、この世界にはもっと大きな人たちもいる。


 彼女が着れる服がちゃんとあって良かった。


 彼ら、彼女らに人間の尊厳を与えよう……なんて傲慢な考えなのかな?


 でもやっぱり服って大事だと思う。


 館も綺麗にしたし、ご飯も食べたし、服も用意した。


 衣食住がちょっとだけ整った。 


 ということで、彼らにこれからのことを話そうと思う。


 このまま僕の……というかヤマルの残した貯蓄だけで奴隷たちを養い続けるのはできない。


 金がなくなる。


 それに彼女らの利息も増えていく一方だ。


 はやいところ奴隷たちを冒険者として働かせないといけない。


 それがお互いのためだ。


「――――っ」


 愕然とした。


 奴隷を扱うことに平気な自分がいる。


 もしかしたらエソラの影響なのかもしれない。


 エソラの記憶が僕に影響を与えている……そんな気がする。


 じゃなきゃ、奴隷を扱うなんて発想受け付けるはずがない。


 この世界の常識に納得してしまっている自分がいる。


 僕が奴隷たちをどう扱っても、それは正当な権利でなんの問題もない。


 奴隷たちを解放しようとは思わない時点で、きっと僕は偽善者だ。


 ああ……。


 僕にもあの人ヤマルの血が入ってるんだなって痛感させられる。


 奴隷商人の息子はやっぱり奴隷商人のようだ。


 ダメだダメだ。


 いま自己嫌悪に陥るときじゃない。


「ごほんっ」


 僕は奴隷たちの前でわざとらしく咳をする。


 みんなからの視線を集める方法が咳払いしか思いつかない。


 レパートリー少なすぎでしょ。


 まあいいけど。


「改めて今後のことについてみんなに伝えようと思う」


 みんなからの注目が集まる。


「僕は君たちの主人で、君たちは僕の奴隷だ。

 僕は君たちを売買する権利を持っており、君たちは僕の商品だ。

 そして自由に扱う権利を持っている。

 君たちが買われた理由は一つ。冒険者として働いてもらうこと。

 この説明はすでにあの人……僕の父から受けてると思う」


 改めて言う必要はないのかもしれない。


 実際、彼らはすでに冒険者登録を済ませている。


 知ってるはずの情報を改めて伝える。


 言っておいたほうが良いなと思ったからだ。


 反応はあまりなかった。


 僕は続ける。


「さて、僕はすでに売る相手を決めてる。

 売る相手は君たち自身だ。君たちを買った金額に加え、生活費、諸々の手数料、売却額が発生する。

 僕が君たちにお金を貸し、君たちがこれを払い終われば返済完了となり、無事自由の身だ。

 だけど、これに加えて利息が発生する。

 利息は年3割。君たちの債務はかなりのものだから、今後はおそらく利息の返済に追われるだろうね」


 リボ払いが可愛く見えてくるほどの利息だ。


 そもそも利息がなくたって返済するのに相当な時間を要する。


 ここにいる全員が内容を理解してるとは思えない。


 反応からすると、少なくとも半分は理解してるようだった。


 それでも僕の話してる内容が良からぬものということは理解してくれてるみたいだ。


「さて、君たちに2つプレゼントがあると言ったよね。

 もう一つのプレゼントだ。利息をなしにしてあげるよ。低金利政策ってやつだね」


 低金利政策って言葉の使い方は間違ってるけど、そこんところはどうでもいい。


 奴隷たちの反応は様々だった。


 明らかに嬉しそうな顔をする者、疑いを深くする者、相変わらず無関心な者。


 僕はヤマルのようにがめつくはない。


 ある程度のお金があれば十分だ。


 彼らがちゃんと返済してくれれば僕は遊んで暮らせるほどのお金が手に入る。


 その上で利息を取ろうというのは、ちょっと欲深すぎるんじゃないかって思った。


 僕はヤマルでもなく、前世の父でもない。


 彼らのように欲にまみれた人生を生きたくはない。


 それに彼らにはやっぱり自由を与えてあげたい。


 僕は自分が中途半端で偽善的だとはわかってるし、これがただの自己満足だとも理解してる。


 それでもこれが僕の考えた落とし所。


 ちゃんと解放される未来を与えてあげたい。


 そう思った。

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