第8話 奴隷に堕ちるということ

 翌日――。


 僕は今日も奴隷館に来ていた。


 そして必死に掃除していた。


 掃除という時間が僕は苦手だった。


 掃除というと、つい嫌なことを思い浮かべてしまう。


 別に掃除をするのが苦手だったわけじゃない。


 掃除ってのは、何かを捨てる行為だ。


 特に年末の大掃除。


 あの時間、僕は部屋の中をくまなく掃除され、整理され、そして捨てられた。


 不要なものはいらない。


 僕が読んでいた漫画もラノベも不要と言って捨てられた。


 ゲームも捨てられた。


 残ったのは、見るだけで嫌になるような堅苦しい本の数々。


 僕に何を求めているだろうか。


 いや、わかるんだ。


 でも親にとって不要なものでも、僕にとっては必要なものだ。


 まあ、そんなこんなで僕は年末の大掃除が嫌いだ。


 生前は大掃除が嫌いだったけど――。


「ふぅ。大掃除も悪くないね。ね、コハク」


「そうですね。御主人様」


 床を拭き拭きとする僕。


 それを見下ろすコハク。


 きれいなエルフから見下される。


 うん、いいね!


 別に僕はマゾじゃないよ?


「なぜ御主人様が掃除をなさっているのでしょうか?」


 言外にそう問うてくるコハク。


 その視線を僕は軽く流す。


 これは僕の持論だけど……何かをつかみ取りたかったら自分で動くべきだと思うんだよね。


 ちなみにその持論は前世では一度も実践しなかった。


 いや、持論というか反省?


 教訓みたいなやつだ。


 僕は奴隷たちから好感度を上げたいと思ってる。


 あえて自分で手を動かすことで彼らから好かれたい。


 良好な人間関係を築きたい。


 そう思ってる。


 掃除をしたところでなんだって話だ。


 他の良い方法があるなら教えてほしい。


 僕は奴隷との関係構築の仕方なんてわからないんだ。


 そもそも僕は生前、お世辞にもコミュニケーション能力が高いとはいえなかった。


 小学生の頃に友達から引き離された出来事も一因だ。


 すべて親のせいというわけじゃないけど、僕は子供の頃に人との関わりを学べなかったのは事実だ。


 関わり方がわからないから、浅知恵でなんとかやっていくしかない。


 ここ数日間、暇があれば掃除してきたおかげで、奴隷館はだいぶ綺麗になった。


 やっぱり衛生環境って大事だよね。


 奴隷たちにも掃除を手伝ってもらっている。


 あくまでもお願いであり、強制ではない。


 まあ僕からの”お願い”は、彼らからすれば”命令”みたいなものかもしれない。


 その証拠に奴隷たちはみんなお願いを聞いてくれていた。


 午前中の大掃除のおかげで、奴隷館が少しはましになった。


 そして午後。


 奴隷たちには掃除を続けてもらい、僕は買い物に行くことにした。


 買い物と言っても、贅沢品を買いにいくわけじゃない。


 買うのは服だ。


 奴隷たちの服。


 ボロキレだ。


 さすがにこれで外を歩かせるのはダメだと思う。


 かろうじてコハクが外を歩けるような服を着てる。


 コハクだけ特別扱い……なのか?


 ヤマルの考えはわからない。


 通りを行き交う人たちから、街の賑やかさを感じた。


 なんだかんだちゃんと街を歩いた気がする。


 昨日は頭が混乱していたせいで、あんまり外の景色が頭に入ってこなかった。


 前世のコンクリートジャングルとは違う。


 中世ヨーロッパ?


 いや近世なのか?


 僕は別に歴史に詳しくないから、良いたとえが思い浮かばない。


 まあなんにしても、僕はやっぱり異世界に来たんだな。


 そう実感する。


「着いたね」


 服屋は中央通りの西側にあった。


 奴隷館からは比較的近い場所だ。


 ちなみに服屋の場所はエソラの記憶にあった。


 一度だけヤマルと一緒に訪れたことがある。


 服屋は石造りの建物で、手描きの木の看板が目に入る。


「キエーラ服飾店」と書かれたその看板の下には、色とりどりの布が風に揺れている。


 さすが異世界……なのか?


 一人ではユ〇クロしか入ったことない僕にはハードルが高い。


 だけど今はコハクも一緒にいる。


 女の子と一緒に服屋に行くなんてデートかな。


 ……さすがに奴隷引き連れてデートとかヤバい思考だ。


 服屋の中に一歩足を踏み入れると、いい匂いがした。


 店内は心地よいハーブの香りと新しい布の匂いが漂っていた。


 木製の棚やラックには、色とりどりの服が並べられ、壁には刺繍が施された布地が掛かっている。


 キャンドルの明かりが優しく店内を照らし、温かな雰囲気を醸し出している……のだけど、逆に僕はドキドキする。


「いらっしゃいませ」


 店員のお姉さんが笑顔で迎えてくれた。


「あ。どうも」


 僕は軽く会釈を返す。


「えっと……」


 ちらっとコハクを見る。


 コハクは無表情だ。


 店員さんを見る。


 お姉さんは笑顔だ。


 何この落差、やばい。


 いやいやそうじゃない。


「えっと……服探してます。40着くらいで」


 40着あれば一人2着はある。


「かしこまりました」


 店員さんが良い笑顔をした。


「こちらはいかがでしょうか。触ってみてください、この生地は特に柔らかいんですよ」


 いや……金ピカじゃん。


 見るからに柔らかくなさそうだ。


 いや、生地は柔らかいかもしれないけど……。


 こんなのいらないよ。


 なんでこれ勧めてくるの?


 って、そっか。


 前に来たときは派手な色の服を依頼してたんだっけ?


「もっとシンプルな色のものはないですか?」


「シンプル……でしょうか? それならこちらはいかがでしょう?」


 たしかにさっきよりもシンプルだ。


 ただ……真っ赤なのがネックだ。


 もしかしてあれかな?


 僕が買うと思っているのか?


 まあエソラが好みそうな服だもんな。


 というか、普通はそう判断するよね。


「すみません。僕の……奴隷たちにあげる服を探しているんです」


 僕の奴隷ってなんだか違和感のある言い方だ。


 でも事実だからしょうがない。


 店員のお姉さんが驚いた顔をする。


「えっと、それは……」


 店員さんが怪訝な顔をする。


 どうしたんだろ?


「申し訳ございません。当店ではその……そういう服は扱っておりません」


「え?」


 どういうこと?


 だって普通の服だよ?


 いやいや、待てよ。


 そういうことか。


 僕は馬鹿だった。


 奴隷用の服を扱っていない。


 つまり、奴隷に着てもらっては困るってことだ。


 奴隷が自分たちのブランドの服を着ると、ブランドの価値が下がる。


 おおよそそんなことだろう。


 そういえば父からも昔、似た話を聞いたことがある。


 そのときはたしかレストランの話をされた。


 庶民が普通に入ってこられたら店の価値が下がるとかなんとか。


 ああ、なるほど。


 理解した。


 ちらっとコハクを見る。


 コハクは無表情だ。


 彼女は何を考えてるんだろう?


 表情からは何も読み取れない。


 奴隷に堕ちるってのがどういうことか。


 奴隷の立場について、僕はきっとまだあまり理解していないんだと思った。




 その後、僕は奴隷たちでも着れる服を探した。


「キエーラ服飾店」はここらへんでは比較的高級なお店だったからダメだったけど、普通に他の店なら奴隷用に服を買えた。


 というより、奴隷用とは口に出さずに買った。


 まあきっと大丈夫だと思う。


 40着分の白い服。


 ちょっと病人用の服に見えるけど、まあ今のよりはマシだろう。


 それなりの金額になったけど、さすがに衣食住はちゃんと整えないとね。

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