第6話 血
みんなご飯を食べてハッピー。
お腹もいっぱいで幸せだね。
みんなからも信頼得られてラッキー。
なんてことになれば良いんだけど、そんな簡単に物事は進まないらしい。
未だに僕に対して反感を持たれてる気がする。
それは別にいいと思う。
仕方ないことだし。
それが僕たちの関係だ。
所有権がヤマルから僕に変わり、僕が主人となった。
主人と奴隷の関係がどういうのかはわからないけど、親しくできる関係ではないことはわかる。
関係性はこれから作っていけば良い。
でも残念ながら、僕のコミュニケーション能力は低い。
マイナスからプラスに持っていける自信はない。
さらに一人、最初から関係が破綻してる子もいる。
「がぅぁっ……」
地下室にある檻の中に、一人の少女がいた。
鎖に繋がれながら僕を睨む少女。
手枷足枷首枷。
まさに奴隷って感じの扱いだ。
歳は15にも満たないと思う。
褐色肌の、犬耳の獣人族――犬人族だ。
檻の中で少女は僕をギロリと睨みつけてきた。
正直いって、めちゃくちゃ怖い。
あれはきっと人殺しの目だ。
人殺しに出会ったことないから、知らないけど。
たぶん、そうだ。
きっとそうだ。
ちびりそうだ。
怖い。
彼女は血みどろだ。
おそらく折檻を受けたのだろう。
エソラの記憶には登場しない子だから、きっとヤマルが痛めつけたんだと思う。
そもそもエソラは奴隷館に来たことがない。
それ以前に、エソラやヤマルがこの街に来たのもつい最近だ。
それなのに、なぜこんなに奴隷館の衛生環境が悪くなるんだろうか……。
もともとこの奴隷館の衛生状態が悪かっただけかもしれない。
まあ、それはさておき。
目の前の少女を見ると痛々しかった。
「……」
ちょっとやりすぎじゃない?
言うことを聞かない奴隷を折檻するのは当然……なのかもしれない。
でも、目の前の少女は死にそうだ。
体もやせ細っている。
奴隷との関係構築の方法はわからない。
けどきっと、痛めつけ押さえつけるのは間違ってると思う。
――かちゃっ
鍵で錠を外し、檻の中に入る。
「がるるるるっ……」
少女が威嚇してくる。
その目をまともに見れない。
近くで見ると余計怖い。
肌がピリピリする感じだ。
前世で、こんな生々しい殺気を向けられたことはない。
父から怒られるのも怖かったけど、これはベクトルが違う。
ちょっと逃げ出したい気持ちが湧いてくるけど、ぐっと抑え込む。
彼女の体はボロボロだ。
生々しい傷跡が目に入る。
ありきたりな感情だけど、かわいそうだと思った。
僕は彼女に同情した。
このままでは多分、死んでしまう。
中途半端な罪悪感というか、偽善というか……。
この子を助けたいと思った。
「がぅぅっ……」
鋭い眼光で睨まれる。
怖い。
逃げ出したい。
でも、大丈夫。
奴隷は僕に攻撃することはできない。
そういう契約を結んでるからだ。
正確には、奴隷が僕に害意を持って傷つけることができない。
この害意というのがポイントだ。
奴隷契約は本人の認識に寄るもの、ということらしい。
そういうわけで、彼女が僕を攻撃することはできない。
だから僕は安心してここにいられる。
「……臭いな」
奴隷館はどこも臭かったけど、ここは特に酷い。
血と排泄物の臭いがごちゃまざになって……控えめに言って最悪だ。
気分が悪くなる。
これはどうにかしないとね。
でも、それ以前に目の前の少女を手当しないと……。
「がるるっ……」
いや……無理だ。
少女が怖すぎて近づけない。
と、とりあえず掃除でもしよう!
正直、僕は掃除というものが好きではない。
でも、この環境はどうにかしなくちゃいけない。
えーと、雑巾ってあったっけ?
近くにないから適当に雑巾らしきものを取ってきた。
雑巾っていうか、奴隷が着る粗悪な服だ。
それを使ってゴシゴシと床を拭いていく。
汚い。
そして臭い。
こんなところでよく寝られるね?
まあ、寝たくて寝てるわけじゃないだろうけど。
それを強いてるのは僕で、諸悪の根源は僕で……。
いや、やめよう。
床、壁、鉄格子と拭いていく。
掃除は嫌いじゃない。
こうやってどんどん綺麗になっていくのが好きだ。
心が洗われる。
「よし、キレイになった」
しばらく掃除したら、だいぶ部屋がキレイになった。
もとが酷かったから、ちょっと掃除するだけで劇的ビフォアアフターだ。
まだまだ臭うしお世辞にも快適とは言えないけど、少しはマシになった。
あとは、少女の周辺のみ。
「……」
掃除よりも前に、少女を手当しないといけない。
本当なら先にやるべきことだった。
怖いから後回しにしてた。
なんとも僕らしい。
「ふぅ……」
僕は意を決して少女に近づこうとしたとき――。
『御主人様――!』
コハクの声が聞こえた。
そして次に、
「ぐえ……」
後ろに引っ張られた。
カエルの潰れたような声が僕の喉からこぼれた。
そして直後――
「があっ」
僕は鉄格子に打ち付けられていた。
「いっ」
背中から痛みを感じる。
同時に首からも鋭い痛みを感じた。
ふと触ってみる。
「血?」
血が流れている。
え、なんで?
「がああああぁぁぁ!」
目の前で少女がのたうち回っていた。
え、は?
どういうこと?
理解できない。
いや、理解はできる。
何が起きたのか、この目で見ていた。
僕は少女に襲われそうになった。
少女の鋭い刃が僕の喉元を食い破ろうとしてきた。
それをコハクによって救われた。
意外に力持ちなコハクが僕を後ろに引っ張ったのだ。
でも……奴隷は僕に危害を加えることができないんじゃ……?
そういう契約をしてるんじゃないのか?
「はあ……はあ……」
冷や汗が頬を伝う。
どくどくと心臓が脈打つ。
もしかして少女がここに繋がれているのは、奴隷契約がうまく結べないからなのでは?
きっとそうだ。
だからこうして監禁されている。
僕は馬鹿だ。
そんなことちょっと考えればわかっていたことだ。
なぜ彼女がここにいるのか?
なぜ監禁されてるのか?
その理由を考えようとしなかった。
「ああああああああぁぁぁあぁ!」
少女が泣き叫びながら僕を睨みつけてくる。
契約がちゃんと結べていなくても、僕を殺そうとすれば彼女にも痛みが訪れるんだろう。
契約に反した代償。
正直、僕はこの契約の範囲がどこまで適用されてるのかわからない。
それでも代償が大きいものということは理解させられた。
少女の全身から血が吹き出している。
「う……」
なんだよ、これ。
なんなんだよ、これ。
気持ちが悪い。
吐きそうだ。
ああ、なんだよちくしょう。
なんて顔してるんだ……。
なんでそんな目で僕を見るんだ……。
僕を睨んでるはずなのに、僕には少女が泣きそうに見えた。
僕は視線を振り切るように部屋を出た。
生前。
僕は道端で段ボールの中に入れられた子犬を見つけたことがある。
捨てられていた子犬だ。
子犬は僕をつぶらな瞳で見てきた。
可哀想だなと思った。
でも、僕は結局何もやらなかった。
3日後。
僕は再びその道を通った。
子犬が気になったからだ。
もうそのときには子犬はいなかった。
もしかしたら誰かに助けられたのかもしれない。
主人が戻ってきたのかもしれない。
保護されたのかもしれない。
逃げ出したのかもしれない。
……処分されたのかもしれない。
どうなったかはわからない。
僕は何もやれなかった。
それが僕という人間だ。
親に操られるのが嫌と言っていたけど、そもそも僕は自分で何かを決めたことがない。
情けない自分が嫌になる。
どことなく、あの子は僕が見捨ててしまった子犬に似ていた。
犬人族だからか?
いや、違う。
同じ目をしていたんだ。
子犬と獣人族の少女が同じような目で僕に訴えかけてきた。
忘れられない。
このまま放置すれば、いずれあの子は死んでしまうだろう。
僕はコハクにあの獣人族の子を治療するようにお願いした。
ついでにパンを持っていってもらった。
これが自己満足だってのはわかってる。
でも、何もしないよりはマシな気がした。
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