第5話 冒険者の街
みんなを一つの場所に集めた。
奴隷館には奴隷たちが食事する部屋がある。
そこが一番広く、他の部屋と比べると開放感もある。
他の部屋は狭く光も入りにくい構造になっていて息が詰まる。
奴隷たちから視線が注がれる。
不安そうにしてる者、怪訝な顔をしている者、無関心なもの、敵意をもっている者、警戒をあらわにしている者。
それぞれ異なる表情だ。
けれど、一つだけ共通してることがある。
みんな僕のことを信用しちゃいない。
まあ、そうだよね。
仕方ない。
そもそも僕は彼ら奴隷と話したことがない。
エソラの記憶を辿っても、まともに彼らと話した記憶が出てこない。
まあエソラが忘れてるだけの可能性もあるが……。
なんにせよ関わりが薄いのは事実だろう。
「みんな、お腹へったよね。ご飯にしよう」
奴隷たちからの反応は薄い。
むしろ、警戒を強めただけのようだ。
奴隷との関わり方なんて教わっていない。
「コハク。彼らに食料配ってくれない?」
「かしこまりました」
コハクもきっと僕を信用していないんだろうけど、ちゃんと命令には従ってくれる。
奴隷だからそういうものかもしれないけど。
コハクが食料を配り終えた。
僕はそれを見計らって、ごほんと咳払いした。
「毒は入ってないから安心して食べて」
美味しそうなパンと肉を選んで買ってきた。
この人数分を買ったからそれなりにお金がかかったけど、まあ必要経費だろう。
誰も食べてくれないんじゃないか?
ちょっと不安になってきた。
しーんとなる。
警戒……というより、むしろ困惑?
なぜ僕がこんなことするのかわからないという感じだ。
僕もどうしたら良いのかわからない。
変な空気になる。
と、そんなときだ。
「うん……。うまいな。久々にこんなうまい肉食った」
体のでかい女奴隷が串焼き肉を豪快に食べた。
良い食べっぷりだった。
狼の耳がある奴隷だ。
しっぽもある。
獣人族だ。
ファンタジーな世界だなと改めて思う。
彼女は串焼きに続き、豪快にパンを食べた。
本当に良い食べっぷりである。
「まだあるか?」
「あ、うん……もちろん」
僕は彼女にパンと串焼きを渡す。
僕たちのやり取りを見ていた他の奴隷たちも食べ始めた。
良かった。
みんな食べてくれなかったらどうしようと思っていた。
もちろん、彼らに強制的に食べさせることはできる。
でも、それはやりたくなかった。
奴隷との距離感を測りかねてはいるけど、なるべく自由にさせてあげたい。
僕はそう思った。
◇ ◇ ◇
冒険者の街。
僕が住む街はそう呼ばれている。
そもそも冒険者とは何か。
この世界で言う冒険者とは、たんに世界を冒険する者という意味ではない。
冒険者ギルドに登録し、依頼をこなすものたちを指す。
依頼は多岐に渡り、街の掃除や猫探しのようなもののあるが、一番メインとなる依頼は魔物討伐だ。
この街が冒険者の街と呼ばれるようになった理由を語るには、はるか昔から遡らなければならないらしい。
かつてこの世界には魔王が存在した。
それはもう1000年以上も昔のことだ。
魔界から攻め入ってきた魔王と人類の戦いは何十年にもわたった。
それは人魔大戦と呼ばれる戦い。
長い戦いに人類側が疲弊してきた頃、人類側に勇者が現れた。
勇者は仲間たちとともに魔王を討伐した。
しかし、魔王討伐後も魔族の侵攻は止まらなかった。
そこで勇者の仲間の一人である賢者が魔界へと通じる穴を封印した。
結果、魔界から魔族が攻め入ってくることはなくなった。
しかし、封印されたとはいえ、魔界の穴から魔力が溢れ出るのは止められなかった。
そうして溢れ出た魔力が徐々に周囲を侵食していき、それによって強い魔物が生息する土地になった。
それがこの冒険者の街より西側で起きた出来事。
正確にいうならば、今でも起きてる現象だ。
そして約200年前に、この世界に冒険者制度が誕生した。
しばらくして、この街にも冒険者制度が取り入れられるようになった。
強い魔物からは良い素材が取れる。
一攫千金を目指す冒険者たちが集まるようになった。
そうしてこの街は冒険者の町と呼ばれるようになった。
というのが、僕の知っている冒険者の町の歴史だ。
こういう理由もあって、人類国家の中で辺境も辺境、最西端に位置するにも関わらず、冒険者の街は大都市の一つに数えられている。
と、ついさっきパールに教えてもらった。
勇者や魔王という言葉は、なんとも現実離れしていて創作のように感じられる。
でも、この世界では実際に起きた出来事だ。
多少の脚色はあるかもしれないけど。
さて、ここで疑問に思うことがある。
なぜヤマルは冒険者の街に来たのだろうか?
エソラの記憶では、
「ここで一儲けするのだ!」
とヤマルが言っていた。
しかし、王都で十分儲けていたヤマルがわざわざこの冒険者の街にくる理由にはならない。
リスクが大きすぎる。
案の定……といってはあれだけどヤマルは命を落とした。
なぜそこまでリスクを犯してヤマルは冒険者の街に来たのか?
その理由もパールに教えてもらった。
ヤマルは王都でヘマをやらかしたらしい。
金にがめつかったヤマルは周囲から反感をかっていた。
それが原因かはわからないけど、奴隷の違法な売買行為を摘発され、王都を追放された。
王都を追放される直前に奴隷を買い漁ったらしい。
そして冒険者の街で一儲けしようと乗り込んできたとか。
屈強な奴隷たちを使って冒険者として稼がせ、それによって収益を得る。
まあなんとく、ヤマルが冒険者の街に来た理由は理解できた。
すでに奴隷たちの冒険者申請も済ませているとか、なんとか。
なるほど。
準備万端というわけか。
ちなみに、
ほんと、甘やかされて育ってるよね。
でも、所有権を僕にするくらいなら、せめて事情は説明しておいた欲しいものだね。
「これからどうすればいいんだ?」
随分と中途半端な状態で僕に引き継がれたわけだ。
まさかヤマルも自分がこんなにあっさりと死ぬとは思ってなかったのかもしれない。
「奴隷たちを解放……はできないし」
僕が解放したいといえば解放できる。
ヤマルが購入した奴隷は全部債権奴隷だ。
債権奴隷とは、簡単にいえば借金を返すために働かされる奴隷のことだ。
借金を返済できれば奴隷から解放される。
しかし実際は、借金を返済できなくて一生奴隷のままでいることのほうが多い。
奴隷は購入された金額に普段の生活費、手数料などに加え、売却額も加わるため、それらすべてを払うのは難しい。
さらに、これらに加えて利息も発生する。
この利息が厄介なもので、奴隷がどれだけ頑張ったところで一生返せない主な要因となっている。
ヤマルはというと、意外と
現代日本を生きていた僕の身からすると3割はまったく良心的に思わないけど……。
とはいいつつ、前世ではトイチとかあったしね。
3割はギリギリ返せない額ではない。
でも、もともと売られた額も返せない奴隷が、それに売却額なども加わった状態で、なおかつ利息を返せるはずがない。
これが債権奴隷が一生奴隷のままの理由でもある。
債権奴隷は犯罪奴隷と違って、ある程度の権利も担保されており、一応奴隷を抜け出せる可能性はあるものの未来が明るいとは言えない。
そういう意味で言えば、奴隷に転生せず、奴隷商人の息子に転生した僕はかなり運が良かったんだろう。
それで、これからの方針を考えてみた。
とはいっても、とりあえず奴隷たちに冒険者として働いてもらうしかない。
奴隷たちをなるべく自由にさせてあげたいと思いながら、彼らを強制的に働かせようとしている。
矛盾してると思う。
他にもっと良い選択肢があるならそうしたいけど、僕は何も思いつかない。
結局、僕は
つくづく自分が凡人だなと思った。
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