第4話 働き方改革

 エルフの名前はコハクというらしい。


 エソラは「あのエルフ」とか「あいつ」とか「おい」としか呼んでなかった。


 そもそも、エソラは奴隷の名前などに興味がない。


 奴隷をモノかなにかだと考えてる節がある。


 でもまあ、この世界ではその考えもあながち間違いじゃない。

 

 と、それはさておき。


 僕はコハクと一緒に奴隷館に向かった。


 奴隷館とは、僕の奴隷たちがいるところだ。


 僕の奴隷というと、なんだか違和感があるけど仕方ない。


 事実なのだから。


 ヤマルが所有していた奴隷はすべて僕に所有権が移っている。


 今後のことを考えるにも、まずは奴隷たちを見る必要があった。


 奴隷館はレンガでできた建物で、窓には鉄格子がはめられていた。


 まるで収容所のような見た目だ。


 中に入ると、


「うわっ……」


 嫌な匂いがした。


 血と汗、体臭、排泄物や腐敗した食べ物などの臭い。


 色んなものがごっちゃまぜになった不快な臭いだ。


 劣悪な環境というのが、まず臭いから伝わってきた。


 狭いところに押し込められていた。


 みんな布切れ一枚、裸同然の格好だ。


 若い女の子だっている。


 僕も男だ。


 裸同然の女の子を見たら、思うことはある。


 でも、今の彼女らを見て興奮するほど僕の性癖は歪んじゃいない。


 せめて服ぐらい着させてあげたい。


 いや、それよりも前にこの衛生環境を変えないとまずそうだ。


 僕はうーんと頭を悩ませた。


 環境を整えるといっても何から手を付けていけばいいかわからないな。


「ねえ、コハク」


「なんでしょう?」


「これ、どうすればいいと思う?」


「どうすれば……とは?」


 コハクがコテンと首をかしげる。


「彼らのためにも環境を整えたいんだ。こんな環境、誰だって嫌でしょ?」


 奴隷だから雑に扱っていい。


 それはこの世界の価値観だ。


 その価値観は理解してるつもりだけど、僕には合わない。


「……」


 コハクは僕の顔をまじまじと見た。


「どうしたの?」


「……なんでもございません」


 コハクは首を横に振った。


 なんでもないと言ったけど、彼女の言いたいこともなんとなくわかった。


 コハクから見たら、僕の性格がいきなり変わったように見えるんだろう。


 エソラがこんなことするはずがない。


 きっとそう思われてる。


 ちなみにエソラとコハクの関わりはそんなに多くない。


 でも、さすがに性格が変わりすぎている。


 怪しまれても当然だ。


 でも僕はエソラではあってエソラじゃないし。


 エソラに合わせるつもりはない。


 でなきゃ生まれ変わった意味がない。


「そうですね……。それでは」


 コハクがそういった瞬間だ。


 ぐぅぅっという音が聞こえた。


 なんだろう?


 と思った、もう一度同じような音が聞こえてきた。


 コハクのお腹からだ。


 どうやら彼女はお腹が空いてるらしい。


「申し訳ございません」


 コハクが頭を下げる。


 いや、頭を下げられても困るんだけど……。


 そういえば、僕も目が覚めてから何も食べていない。


 色々と考えることが多すぎて食事を忘れていた。


「まずはご飯にしよっか」


 他のことはお腹を満たしてから考えよう。


◇ ◇ ◇


 僕はまずご飯を買いに行くことにした。


 食料はあったけど、美味しそうじゃなかった。


 それなら自分で買ったほうが良いかなって。


 ざっと見たところ、奴隷は10人とちょっと。


 これが多いのか、少ないのか……。


 そこら辺はちょっとわからない。


 エソラは奴隷商人の息子だけど、奴隷の商売についてはまったく知識がなかった。


 ヤマルがエソラに商売のことを教えようとはしなかった。


 そのくせエソラに奴隷の所有権を渡したのだから、彼のやってることはちぐはぐだ。


 加えて奴隷ではないけど、パールという女性もいる。


 パールはずっとヤマルに仕えてきた女性だ。


 年齢で言うと、僕の親くらいだ。


 見た目がわかく見えるから、20代後半と言われても信じてしまいそうだ。


 エソラの記憶もあるけど、いまいちどういう女性なのかわからない。


 エソラは苦手にしてるようだった。


 主にお金周りのことをやってくれているパールからお金を受け取った。


 ついでに街のこととか、奴隷館の現状とかを聞いておいた。


 パールから話を聞いて色々と考えなきゃいけないことが多いなと思ったけど、まずは人数分の食事を用意しよう。


 20人分の食料があればひとまず大丈夫そうだ。


 食料調達といえば中央通り。


 東門から西門まで一直線に繋がっている、一番賑わっている通りのことだ。


 そこで僕はひとまずパンと焼き立ての肉を調達した。


「おもい……」


 20人分のパンと肉となると、さすがにおもすぎる。


 思い切ってたくさん買ってきたが、買いすぎてしまった。


「御主人様」


「なに?」


「なぜ御主人様が持たれているのでしょう?」


 食料調達にはコハクもついてきてもらっている。


 コハクが無表情で聞いてきた。


「いや、僕だってこんなに重くなると思わなかったよ?」


 両腕で大量の食料を持つ。


 20人分の食料。


 エソラがひ弱なせいもあるが、普通に重い。


「なぜ私に命じて運ばせないのでしょうか?」


 コハクがそう聞いてくるが、別に僕一人で運んでるわけじゃない。


 僕とコハク、半分半分で持っている。


 いや、コハクのほうが持ってる量が多いぐらいだ……。


 女の子に重い荷物をもたせるのは、さすがに男として情けないと思った。


 と、それはさておき。


 彼女の質問の意図もちゃんと理解してる。


 なぜ主人である僕が持っているか、だ。


 そんなの全部奴隷コハクに任せればいいだろう。


 そういう質問なんだろう。


「そりゃ、僕が必死になって持っていくことに意味があるからだ」


 頑張って運んできたってことに価値がある。


 ちょっとでもみんなからの好感度上げようって魂胆だ。


 下心満載だね。


「……そうですか」


 コハクは納得しているのかいないのかわからない表情を浮かべる。


 というか、無表情だから感情を読み取ることができない。 


 本当に彫刻のような少女だ。


 ぜえぜえ言いながらも、僕たちは奴隷館に到着した。


 あいかわらず収容所みたいなところだ。


 見ているだけで息が詰まりそう……。


 風通しの良い職場が大事って聞く。


 働き方改革が必要そうだ。


 まあ働き方改革って具体的になにするか知らないんだけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る