ただの挨拶
無慈悲で優しい時は、馬鹿なくらい今日も平等に進む。
――あぁ、もうこんな時間だ
昨日をさかいに、朝は希望ではなく別れの時間を突きつける。
今日は街の皆に別れの挨拶を告げる日だ。
どうしても気分が下がる。そんなことをナルに伝えると、
「別れは悲しく聞こえるけど、新しい世界への前奏なんだ。気分を上げな、そうじゃなきゃ誰も祝ってくれないよ」
仕方なく、口角を上げるようにしたが、多分ぎこちなくてクスクス笑われると思う。
最初に、隣に住んでいる妖精へ別れの挨拶をした。
恐らく、反対されるだろうと思っていたが、
「あら〜 この街を出ていくのね、帰ってきたらまた可愛い顔を見せて、いろんなお話を待ってるね」
むしろ応援された。
――あれ、妖精族ってこの街から出ることを極端に嫌うはずなのに、どうしてこんなに僕の背中を押してくれるんだ? ナルの家から近いし、何かやったのか?
ソールは自分の疑念を払拭するために次は、ナルの家から離れたところにある年寄の妖精族の家に行った。
自分が小さいときによくお菓子をくれたり、遊んでくれた優しいおじいちゃんだ。
ノックをして、ドアが空き、自分の決めた道について語ると、
「坊っちゃんは、この街を出ていくんだね。できれば儂が地面に還るまでこっ、この街に残ってほしかったのぉ。また、ここに戻ってきてほしいのぉ」
と名残惜しそうにそう告げた。
――多分、ナルは仕込みを入れてないな。入れてたらあんなに悲しそうにしないもんな……
ソールは自分の仮説を検証することに夢中になってしまい、話をしているときにやけに口角が上がったり、変なところで噛んでいることに気付かないままだった。
その後も、彼は街の皆に別れの挨拶を述べた。
皆の反応は千差万別だったが、なんやかんや最後には背中を押してくれるような言葉をかけてくれた。
皆の言葉に心地よさに、今の時間に甘えたくなる。
――だけど、これは僕が決めた道、もう戻らないんだ
名残惜しくなる気持ちを必死で抑えて、前へ進む。
家へ戻ろうとしたときに、大喧嘩がフラッシュバックする。
――やっぱり、謝らないとな……
気付けば彼の足は、バルスの家へと導かれていった。
昨日と同じようにノックする。
しかし聞こえてくるのは昨日と同じ声一つ。
「ごめんね〜 バルスが帰ってきたときに昨日のことを伝えたけど、今日はなんだか用事があるようで朝からいないの〜」
「わかりました、すみません、連日来ちゃって」
「いいのよ〜、あとソール君この街から出るんだってね。この街から出ちゃっても、ここで作った思い出は忘れないでね〜」
――やっぱり…… 喧嘩別れかな……
自分の遅い歩幅とは対象的に心の音が早くなる。
家に帰るまでの道は有限なのに、今だと無限にも等しくなる。
――はぁ、誰か僕の歪んでいて、世界を変に謳歌している心を溶かしてくれよ。僕の行き場のない心臓をやるからさ。そして、僕の行く末を照らしてくれよ……
心のなかで奇跡を願う。
当然のようになにも起きない。
――はは、そりゃそうか、神はこんなやつに何も与えたくないもんな……
しばらくうつむきながら歩いていると、一人の男にぶつかってしまった。
「あっ、すいません」
慌てて顔を上げるとその男は一人の少女を連れていて、とても優しい空気を纏っていた。
「良いんだよ、こっちもごめんね」
整った顔、美しい瞳、心を洗う声色、ソーラは少しの間動くことができなかった。
ソーラが引き続き家路に戻ると、先程まで一切湧いてこなかった疑念に包まれる。
――……あの人、誰なんだ?
時を同じくして、さっきの男がワクワクした感じで、
「あれがターゲットか、まぁなんとかなるか」
そう呟いた。
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