覚悟の上で

 「そうかい、それがあんたの決めた道か。やっぱり、別れっていうのはどうして心が痛むのかねぇ」

 正直、ナルの言葉にソールは豆鉄砲を食らってしまった。

 「ナルは僕のことを止めなくていいの?」

 「まぁ、私がなにも知らない若いころだったら止めただろうね。だけど、過去に短い間だけどこの街から出て、自分がいかに凍りついた鎖に喰らわれていたかがわかった。私は所詮ちっぽけな両生類だったのさ。私はこの街の皆に大海を知って欲しいと思っているが、あいにく全員空の深さを知っているから難しいだろうね。だからこそ、私は止めないよ」

 「そっか…… ありがと……」

 彼女の言葉に、ソールは目がどこか緩んでいた。

 視線の先にはナルがいたが、ただ、目線の先にたまたまその存在がいたような感じだ。


 いつまで経っても口一つ動かさない彼にナルは、優しく口をひらく。

 「出立は早いほうがいいよ。変に名残惜しくなったら心が晴れないからね。それに、知り合いには挨拶に行ったほうがいいよ。もしかしたら、次に会うときには土の中かもしれないからね。あと、私が人間の街の常識とかルールとか教えてあげよう。困ることが無いようにね」

 「だったら、出発は三日後にしようかな」

 「なら、話は早いほうがいいでしょ」

 その話は、暁が凱旋してくるまで続いた。


 「今日は何をするんだい、ソール」

 「今日はトレーニングをした後、今までの思い出を清算しに行って、必要な準備をするよ」

 「……なるべく早く帰ってくるんだよ」

 なにか含みを持った言葉はやけに、部屋と心に響いた。


  ――今日はどうにも身が入らないな、そりゃそうか……

 自分でも分かるくらいに、動きにキレがない……

  ――今日はここらへんでいいかな……

 そう思い、トレーニングを切り上げた。

 そして一言、

 「今まで、お世話になったよ」

 ただの無機質な場所に感謝を残した。


 無限の静寂が広がる森林、彼は独りで自分の強さの原点となった水辺に来ていた。

 ――あのとき僕が魔狼にやられた場所か、懐かしいな…… 僕は、もうすっかり変わったけどここは変わらないな…… もう少しここにいたいけど、いつまでも浸ってちゃいけないな

 そんなことを考えながら彼は去っていく。


 彼が次に訪れたのは、彼が赤子のころ初めて妖精と触れ合った場所にいた。

 ――僕は、ほとんど覚えていないけどここが僕が皆と出会った地か、いつも何気なく通るけど、意識してみるとなんだかノスタルジックになるな……

 頭に残ってもいないはずの記憶の断片は、何故か心で分かる。

 

 そうして彼は、今日一日を通して自分のその地に残った想いを追憶していった。

 それを通して、この街に残っていたいという思いも徐々に消えていった。


 今日の日が落ちる前、彼は一つの家の前にいた。

 バルスの家だ。

 昨日のことを謝りに来たのである。

 意を決して、ドアをノックする。

 かすかに聞こえる足跡の声、彼の胸はただ激しくなるのみ。

 しかし、数秒後にはもとに戻る。

 「あら〜 ソール君、ごめんね〜 今、バルスがいないの。帰ってきたらソール君が来てたよ〜って伝えておくね」

 

 家へと戻る彼の背中はやる気の色を見せていなかった。

 

 

 

 

 


 


 

 


  

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