大喧嘩

 「そんなこと……?

 僕が…… 僕が、どれほど悩んでいるか知らないくせに!」

 「ソ、ソール、どうしたの、ちょ、ちょっと落ち着いて」

 天を穿つほどの激昂に思わずたじろぎする。


 「落ち着いてなんかいられるか! 僕はずっと一人で苦しんでいたんだ! この街に人は僕だけ、価値観も違う! 心の底じゃ僕はいつも独りなんだよ!」

 「待って、一回深呼吸をして。それから、ちょっと頭を冷やす時間を作ろうよ。大体…… 二年ぐらい?」

 

 バルスはさも当たり前かのことを言ったのだろう。

 自分たち長命な『妖精族』にとっては。

 しかし、面と向かって話している者は、あいにく短命な『人族』だ。

 まさか彼女も、自分の言葉一つ一つが、ソールの地雷原でタップダンスしているとは夢にも思っていないだろう。

 

 「はぁ…… やっぱり感覚も、価値観もわかりあえないな…… もういいよ、近い内にこの街を出るよ……」

 その瞬間、バルスの頭の沸点は限界突破し、切れる音が聞こえた。


 「ソール! 自分勝手なこと言わないの! もう子どもじゃないんでしょ! 悩みも誰にも言わず、独りで抱え込んで、我慢できなくなったらそうやって、強い言葉を使ってさせる? 幼稚すぎるわ!」

 「ああそうだよ、あんたら老人種族に比べたら僕は幼稚だよ、認めてやる。それに、僕とあんたらとはどうやっても相容れないんだ…… 

もういいよ、さっさと出ていってやる。じゃあな老婆、もう二度と顔を合わせることはないと思うけど」

 「ちょ、ちょっと! ソール!」


 もうあの頃の彼は、それまでの関係とともに溶けていった。

 彼女は、ただ遠のく背中を虚しく見つめることしかできなかった。

  

 彼が、居候させてもらっている町長の家に帰ってくると、町長のナルがすこしニヤニヤしながら訪ねてきた。


 「ソール、今日何かあったでしょ」

 「いや、別に何もなかったけど」

 彼はすこしばつが悪そうに表情に陰りを見せた。

 当然、ナルは、その些細な変化を見逃はずがなく、

 「どうせ、バルスの嬢ちゃんが自分の悩みを理解してくれなかったとか喧嘩しちゃったとかなんだろう?」 

  耳がその振動を捉えた瞬間、ソールは、音を置き去りにするほどの速さで、彼女の方を見る。

 「やっぱり、図星だったかな?」


 その言葉を受け、ソールの口は動くのをやめた。

 だが、その数秒後に口は言の葉を紡ぐ。

 「ねぇ、ナルは僕の悩みがどんなものか分かる? それに、それを理解してくれる?」


 するとナルは、どこか遠い目をしながら、

 「まぁ、何となくだけど分かるさ。あと、ソールの悩み痛いほど分かるよ。ただ、ここの街のほとんどの連中はここから出たことがないから分からないだろうけどね。私も、若いころ人の街にいたが、居心地や価値観があわなくてね。種族が違うから仕方ないとは思うがね」

 と呟いた。


 すこしばかり時を置いてから、ソールは覚悟をもった。

 「決めた、僕、この街から出ていくよ」

 強く宣言した瞳には確かに闘志が映っていた。

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