きっかけは些細だった

 「フッ、フッ、フッ……」

 街の辺にある、少し開けた場所で、少年と呼ぶにはもう精悍すぎる一人の男をが、トレーニングをしていた。

 

 ソールだ。

 彼はこの五年間で、精神面も身体面も別人と言われたほうが納得できるくらいに成長した。

 それにあのときの、あわや大惨事にもなり得た出来事がきっかけとなり、彼は、魔法と肉体の修練を毎日欠かさずに行ったのだ。

 その結果、彼は今、魔法面では、一般的な妖精には呼吸をするかのごとく当然のように勝てるが、熟練の相手にはジリジリと削られてしまい、頂点に立つことはできてはいない。

 しかし、肉体面では、過去に一方的に敗北することしかできなかった魔狼を遥かに超える強さを持つ魔熊に対し、比較的楽に勝てるようになり、妖精の街で体術などでは、追われる立場となったのである。


 そしてこの五年の間に彼にとても小さい感情だったはずのものが芽生え始めたのである。


 ――僕、そろそろ、この街を出ようかな……

 この感情が、いつからか出てきたのである。

 初めの頃は、心のほんの一部、片隅に小さいものだったはずだが、時間が無慈悲で優しく流れるにつれて心が侵食されていき、今では、侵食されていない部分がマイノリティになっているほどである。

 

そう思う要因は、彼にもわからない。

もしかしたら、この街に人が自分しかいないからこう思ったのかもしれないし、ただ単に広い世界を見てみたいと思ったのか、真相は本人にすらわからない。

ただ一つ言えるのは、その感情はもはや、彼よりも大きいということだけである。



 そんなことはつゆ知らず、今日もまた一人の少女は彼の下へ意気揚々とやって来る。

 バルスだ。

 あの日を堺に、彼女との距離は更に縮まったのだ。  

 二人にとって、それぞれはかけがえのない親友だ。

 だからこそ、言わないといけないのに言えないこともあるのだ。

 ――彼の心の内のように……


 ソールはその事を言わないといけないことはわかっている。

 ただ、今の関係が心地よくて……楽しくて……壊したくはなくて……

 言わないといけないけど、現状に甘える日々を謳歌してた。


 ある時、彼の感情が彼の体と意思を追い越した。

 そして、こう告げる、

 「なぁ、バルス。僕、この街を出ようと思うんだ」

 思いの丈を、気付いたら口にしてた。


 バルスは、衝撃を受けたのか、少し固まったかとおもえば、すぐに口を繫ぐ。

 「そんなことどうでもいいじゃん。ここは私が知ってる限り一番キレイなところだよ。ここから出るメリットなんて無いじゃん」


 その言葉に、ソールの何かが切れたようだ。

 

 そこから先の記憶は二人共殆どなかった。

 あるのは、虚しい心のみ。

 そして、二人の関係は以前とは異なるものになってしまった。

 

 


 

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