それは、一瞬だった

 「うわぁ、広いなぁ」

 「でしょ、いつかいっしょに行きたいって思ってたんだ」

 バルサにとっては、なんてことのない森だったが、ソールにとっては、目に映るものが全てが新しく、輝いて見えた。

 そして二人は、この緑の陰へと入っていった。


 草木が風になびく声、鳥が何かを教えるように囁く音、いつもなら耳に少し残る物音が、今日はやけに静かだ。

 

 ――なにか……いつもと違うような……気のせいか……

 不穏というものは、いつも予期せぬときに起こるものである。


 

 「ソール、お昼ごはんにしましょう。一緒に私がつくったサンドイッチを食べましょう。水を準備しておくね!」

 バルサは気づかなかった。いや、気付けなかったというべきか。

 小川に流れる水を汲んでいるのに夢中で、背後にいた魔狼に狙いをつけられていた。


 「バルサ! 危ない!」

 彼の体は、心を追い越した。

 後で聞いた話だが、ソールはその時のことをよく覚えていなかった。


 その凶爪は、バルサの無防備な背中――ではなくソールの右肩を捉えた。

 その刹那、爪と服が赤に染まる。

 狼が追撃するより早く、バルサは魔法を使い狼を撃退した。


 「そ、ソール! だ、大丈夫!? ご、ごめんね、私が隙をみせたせいで……」

 「大丈夫、大丈夫。かすり傷みたいなものだし」

 「いっかい、街に戻って、応急処置をしてもらうよ!」


 バルサはそう言うと、ソールを抱えながら、自分の羽を今まで動かしたことのない速さで動かすと、街の病院へ一直線に向かった。

 病院についたかと思えば、眠れる獅子が目覚めた勢いで医者のもとに駆け寄り、

 「す、すまないが、ソールの応急処置をしてくれないか」

 「ふーむ、こんな傷滅多につかないはずだが……なにかあったのか?」

 「実は、……」

 

 医者から疑問を投げられたバルスは、事の顛末を冷静に医者に伝えた。

 顛末を聞いた後、医者は素早く処置を施した。

 ――にしてもこの坊や……すげぇ胆力だな。あの魔狼相手に、ビビることなく自分が盾になるなんて……普通じゃなくてもできねぇぞ……


 「よし、終わったぞ。坊や、もう痛みは引いたろ。それにしても、坊やを連れてきた姉ちゃんにお礼を言っとけよ。魔狼の爪には特殊な毒があるんだ。最初のうちはなんともなくても時間が立つにつれて、体の自由がなくなって、下手しなくても命を落としてたかもしれないんだぞ」

 医者がそう告げると、二人の体から血の気が引いていく。

 

 先に口を開いたのはソールの方だった。

 「バルス、僕を心配してくれてありがとう。もし、バルスが急いでいなかったら僕今頃どうなっていたか分からないよ」

 感謝が溢れたのはバルスもだった。

 「ソール、身を呈して私を守ってくれてありがとう。もしあのまま背中を切り裂かれたら飛べなくなっちゃって、そのまま森の栄養になっちゃったかもしれないって思うと心が小さくなっちゃうんだ」

 

 二人は互いに感謝を伝えると、抱きしめあった。

 息を止めても全く苦しくないほどの時間だったが、彼らにとっては、永遠という時間すら軽く凌駕するほどの一刻だった。


 今日さかいに、ソールは自分を鍛えるため、様々な妖精に頼み込んで魔法の修行をつけてもらった。

 もともと才能があったのか、メキメキと実力は伸びていき、一ヶ月後には一般的な妖精と同じくらいの魔法が使えるようになった。

 

 修行をつけてもらったあとには、毎日バルスのところに行き、普通では築け無いほどの絆を結んだ。

 


 そして、六年が経った。

 

 

 

 

 

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