異なる二人

だって……

 私は喉を揺らした。

 我々の視点から話しただけなのに彼は酷く激昂した。

 何かが彼の気に触れたのかもしれないが、私にはわからない。

 

 

 


 春だ。やはり儚くもうちに秘めた強さを持つ季節と言ったら春だろう。

 

 私が彼と一緒にひらりはらりと舞う桜を最初に見たときから十三回目の四季の一部が訪れた。

 


 大陸の南東にあるとされる秘境カルナ。

 この街の住民の九割以上はは非常に長命とされ植物を操る魔法に長けた妖精族である。

 彼らの植物は街の全土をぐるっと囲むように植えられており、街の外れにある山から見ると、鮮やかなフレームをかたどっている。

 普通の花なら散るとそこで終わるが、彼らの花は、散っても数刻待てば、また何事もなかったように復活するのである。


 この街は、他の街からは隔絶された地にあり、妖精族は誰一人としてこの街から出ないので、ガイドなんて便利な存在はなく、この街に行くためには相当な準備と、ひとつまみの覚悟、そして唯一の頼りである地図が必要となる。


 こんな辺鄙な土地にあるので観光客なんてものは女神と同じほど珍しいものであり、この街には妖精族以外の存在はせいぜい動物か植物くらいしかなく、人によっては生涯を終えるまで、自分たち以外の種族の存在を知らなかったという者もさして珍しくはない。


 そんな物語の片隅で、

 私は彼に出会った。



 「おぎゃー! おぎゃー!」

 鮮やかな風が私達を淡く包む春に、聞き慣れない声が私の耳の奥にあった興味という第六感を優しく唆る。

 導かれるまま声の方へ寄ると、すでに人だかりができており、もう私を惹きつけた声はどこにもなかった。

 代わりに、花が芽吹いたときのような笑い声が聞こえ、更に私の第六感を刺激する。


 この、とても小さな世界に生まれた異物。

 どこから来たのかも、なんて呼べば良いのかもわからなかったけど、それは、私の生活を変えるものとしては十分すぎるものだった。

 ほっぺを、優しくツン、すると彼は、

 「きゃはは」

 それが彼との一番最初の出会いだった。

 彼はこの街の長の家で暮らすこととなった。

 彼の名前は町長が、ソールと決めた。どうやら、太陽の意味を持つらしい。

 

 それから私は毎日のように彼に会いに行った。

 春の風が美しいときも、夏の切なさが静かに木霊するときも、秋の少しひんやりとした空気が落ち葉を踊らせるときも、冬の澄んだ空気に星と息が煌めくときも、会い続けた。

 物語がいくら変わろうとも、私の目的地には彼がいる。

 彼に会うと不思議な感情になる。

 ――なんだろうどこか、山でさえずる鳥に似ている

 彼には、私達や鳥のように空を駆けれる翼なんてものはない。

 代わりにひどく柔らかく、儚い前足を持っていた。


 彼がこの街に来てから八年が経った。

 すっかり街の一員になって、皆に笑顔を与えている。

 彼は不思議なことに生まれつき一つの魔法が使えた。

 それは、私達と同じ植物を操る魔法。

 出会った時はまだ力が弱かったが、今では皆に花をプレゼント出来るほどに成長している。

 

 今日も私は、彼のところに行って、彼と時間を共にする。

 「ソール、おはよう。今日はどこに行こうか。うん、今日は近くの森に行こうか」

 「わかったよ、バルサ」

 二人はゆっくりと歩みを進める。


 彼と一緒にいると、木々も木の葉も、風も少し礼儀正しくなる。

 木は、敢えて私達が暑すぎず、寒すぎないように、陰を作ってくれたり、木の葉は、私達の行く道から自然と両端によって美しい道を作ってくれる。風は、春一番なんてものは吹かず、ただ静かに吹くだけだ。

 

 日当たりの良い花畑があったため、寄り道して、少し休憩すると彼は舞い散る華びらにそっと触れると目を閉じた。

 日差しもよく、風も爽やかな日だから眠気に襲われたのかもしれない。

 しばらくの間、落ち着く静寂と、心地よい風の音が絶え間なく続く。少しそっとしておこうと思ったが、何気なく吹かれた花弁が彼に口づけを交わしたせいか、彼は目を覚ました。

 彼の白銀の瞳は、先程までと同じ景色だったはずだが、辺りを見廻すように、左右に動いた。

 

 「ふふっ、かわいい」

  私がそう呟くと、ソールはリスのように体をピクッとさせ、こちらに視線を落とす。

 「ちょっと、驚いてね。そろそろ、行かない?」

 と返事をした。

 

 少しの間幻に溺れていたのか、彼は上機嫌で、道を駆け回る。

 その姿に、私も、万物も心が緩んだのか、息を吐く。

 そんな光景をしばらく見続けると、ようやく目的地についた。

 

 


 

 


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